日本大百科全書(ニッポニカ) 「ギリアム」の意味・わかりやすい解説
ギリアム
ぎりあむ
Terry Gilliam
(1940― )
アメリカで生まれ、イギリスで活動する映画監督。ミネアポリス生まれ。1951年に一家はロサンゼルスへ移住。少年時代のギリアムの心をつかんだのは、ディズニー映画やおとぎ話、騎士物語のたぐいに代表される歴史物語などだった。家族が長老派教会の信者だったことから成績優秀のギリアムは教会から奨学金を得てオクシデンタル・カレッジへ入学。当初は物理学専攻だったが、「本性に従って」(ギリアム)美術史への転向を試みるも、アカデミックな方向にかならずしもそぐわなかったため、最終的に政治学専攻で1962年に卒業した。
同年、ニューヨークへ移り住んで、ユーモア誌『ヘルプ!』Help!の編集に携わる。このニューヨーク時代にヨーロッパ映画の名作群と出会い、16ミリカメラを購入するなど映画作りへの関心を高める。『ヘルプ!』誌が廃刊間近となった1965年、半年間のヨーロッパ・ヒッチハイク旅行へ出発。帰国後、ロサンゼルスの広告代理店でアート・ディレクターやコピーライターの仕事につく。この時期、アメリカ西海岸はカウンターカルチャーが盛り上がりをみせ、ギリアムもその影響下にあったが、そうした動きに対するアメリカ社会の抑圧的な態度も日増しに強くなり、警官の暴行を目の当たりにしたことをきっかけにアメリカに絶望、1967年にイギリスへ移住する。
当初はロンドンでフリーランス・イラストレーターとして活動するが、いくつかのテレビ番組でアニメーションの仕事などをこなし、新たな若者文化の広がりを背景に結成されたコメディ集団「モンティ・パイソン」にアニメーターとして参加。1969年に放映が開始されたテレビ・シリーズ「空飛ぶモンティ・パイソン」(1969~1970)などで共同で脚本や出演もこなし、ギリアムが愛好する中世の聖杯伝説のパロディである映画『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』(1974)では、メンバーのテリー・ジョーンズTerry Jones(1942―2020)と共同で監督にあたる。ギリアム初の単独監督作品『ジャバーウォーキー』(1977)は、前作の延長線上にある「中世もの」だったが、いつものパイソン映画と同様の笑いを期待する批評家や観客の期待に添うものではなかった。ギリアムがパイソンから独立した映画作家として評価されるに至った作品は、現代と中世的な世界を、時空を超えて接合させた冒険ファンタジー『バンデットQ』(1981)であり、とりわけアメリカで良好な興行成績を残すことに成功した。
一転して近未来的な(時代設定は「20世紀のどこかで」)管理社会を生きる平凡な男性を主人公にする映画『未来世紀ブラジル』(1985)は、内容やタイミングからジョージ・オーウェルの『一九八四年』を想起させるものだったが、ギリアム自身は同作を読んでおらず、企画自体も『ジャバーウォーキー』撮影中から存在していたものだった。当時流行していた近未来SF映画『ブレードランナー』(1982)を意識しつつ、都市デザインなどにおいては、手作業的なレトロ・フューチャー(懐古的未来)感覚の残るアプローチを採用。このような点で、ギリアムはほぼ同世代のスピルバーグ、ルーカス、リドリー・スコットらを意識しつつ、大ヒット作を連発する彼らと異なる方向からファンタジーに到達しようとする映画作家である。『未来世紀ブラジル』は、作品の出来を云々(うんぬん)する以前に大騒動に巻き込まれ、その名が世界に知れわたることになった。上映時間の長さや救いのない結末に危機感を募らせた映画会社側が、すでにヨーロッパで公開されていたにもかかわらず、再編集を要求してアメリカでの公開を差し止め。しびれを切らしたギリアムが業界誌に1頁全面広告を載せて抗議を展開し、「バトル・オブ・ブラジル」が世間の注目を浴びた。結局公開にこぎつけたものの、アメリカ脱出の際に抱いた、システムの暴力性への恐怖や批判を起源とする作品の公開をめぐり、ギリアムは巨大システムの硬直した無理解や暴力と直面することになったのだ。続く『バロン』(1989)は、ルーツに戻るかのようなファンタジックな歴史もので、「ほらふき男爵の冒険」の物語に基づくものだったが、批評的にも興行的にも惨敗。製作体制の混乱から生じた予算超過や中断が格好の話題をジャーナリズムに提供し、トラブルメーカーとの烙印(らくいん)がさらに強固となった。
『フィッシャー・キング』(1991)は、現代のニューヨークを舞台にした聖杯伝説であり、彼にうってつけの題材だったが、他人の手による脚本、アメリカでの撮影、メジャー・スタジオでの雇われ仕事、と多くの点でこれまでのギリアムの流儀に反する作品でもあった。しかし、そのことでむしろ――特殊効果を抑えたことからも――演出家としての彼の才能が存分に発揮され、ニューヨークのホームレスを主人公に1980年代的な消費社会やヤッピー文化を批判した本作は大好評をもって迎えられた。さらにクリス・マルケルChris Marker(1921―2012)による実験的な作品『ラ・ジュテ』La Jetée(1962)のアイディアを拡大させた脚本を基に、ブルース・ウィリスBruce Willis(1955― )主演で撮られた近未来映画『12モンキーズ』(1996)も大ヒットを記録。これまで何度も映画化が図られながら不可能とされてきた、ハンター・S・トムソンHunter S. Thompson(1937―2005)の原作(1972)を映画化した『ラスベガスをやっつけろ』(1998)は、ギリアム脱出時のアメリカに吹き荒れていたカウンターカルチャーの代表作を映画化する試みであった。奇抜なユーモアで処理されたドラッグによる幻覚場面を数多く含みつつ、アメリカン・ドリームの完璧な終焉(しゅうえん)と、そのことに由来する混乱をエネルギッシュに描き、ギリアム流のアメリカへの考察が凝縮された作品となった。
[北小路隆志]
資料 監督作品一覧
モンティ・パイソン・アンド・ナウ Monty Python's And Now for Something Completely Different(1971)
モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル[テリー・ジョーンズと共同監督] Monty Python and the Holy Grail(1974)
ジャバーウォッキー Jabberwocky(1977)
バンデットQ Time Bandits(1981)
モンティ・パイソン 人生狂騒曲 The Crimson Parmanent Assurance(1983)
未来世紀ブラジル Brazil(1985)
バロン The Adventures of Baron Munchausen(1989)
フィッシャー・キング The Fisher King(1991)
12モンキーズ Twelve Monkeys(1995)
ラスベガスをやっつけろ Fear and Loathing in Las Vegas(1998)
ブラザーズ・グリム The Brothers Grimm(2005)
ローズ・イン・タイドランド Tideland(2005)
Dr.パルナサスの鏡 The Imaginarium of Doctor Parnassus(2009)
テリー・ギリアムのドン・キホーテ The Man Who Killed Don Quixote(2018)
『ジャック・マシューズ著、柴田元幸訳『バトル・オブ・ブラジル――「未来世紀ブラジル」ハリウッドに戦いを挑む』(1989・ダゲレオ出版)』▽『ボブ・マッケイブ著、川口敦子訳『テリー・ギリアム映像大全』(1999・河出書房新社)』▽『イアン・クリスティ編、廣木明子訳『テリー・ギリアム』(1999・フィルムアート社)』