ユーモア(読み)ゆーもあ(英語表記)humo(u)r

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ユーモア」の意味・わかりやすい解説

ユーモア
ゆーもあ
humo(u)r

人間の行動その他の現実の事象に対してそれをおかしみの面からとらえ、表現しようとする精神態度、ないしはそこに表現された滑稽(こっけい)さそのものをさす。もとは古代ギリシア以来の西欧の古典的医学用語で体液を意味するフモールhumor(ラテン語)に由来する。人間の体内には血液、粘液黄胆汁(おうたんじゅう)、黒胆汁の4種の体液が流れており、これらの混合の度合いによって人間の性質や体質が決定されるとされた。近代になってしだいに気質、気分、とくに滑稽さやおどけへの傾向性のある気質の意味で使われるようになり、そこから現在の意味が生じた。現代の西欧諸言語のなかにもフランス語やドイツ語のように、これを英語を経由した形で使用しているものがあることからもわかるとおり、ユーモアは近代イギリスに特徴的な精神性に対応した特質と考えられている。

 ユーモアはその対象となる人間等に対する同情、哀れみを含んだ情的寛容的性格を有し、この点で風刺の攻撃性とは対照的であり、またウイットwitやエスプリesprit(フランス語)のようなもっぱら理知的性格の能力である機知とも異なっている。ユーモアの場合でも、矛盾と不条理に満ちた現実を、鋭い人間観察の目を通して見つめていないのではない。しかしそのことを表に出さず、むしろ不完全な人間に宿命的なものとしてそのまま肯定するような態度で、愚かしきふるまいを本意ならずも演じざるをえない人間の姿を慈しむ心をもったものであり、そこに独特の滑稽さが生まれる。

 日本では明治初期、戯謔(ぎぎゃく)とか俳趣といった訳語があてられたりしたこともあったが、英語本来の発音ヒューマー)とはあわない「ユーモア」という呼び方が坪内逍遙(しょうよう)によって使い始められてから、これがしだいに定着していった。悲喜こもごものこの世界を一種諦観(ていかん)にたって眺め、泣き笑いを催させるような人情味を添えて描き出すユーモアは、日本人の伝統的な滑稽感覚とも相通ずるところがあるといえよう。

[飯田年穂]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ユーモア」の意味・わかりやすい解説

ユーモア
humour

基本的美的範疇の一つ。ラテン語の humorに由来し,本来は湿気,体液の意。邦訳としては有情滑稽などと訳され,知的な機知 (ウイット,エスプリ) に対して感情的なものとされる。ユーモアを滑稽の一様態とみる立場が大半を占めるが,逆にユーモアを上位,滑稽を下位概念とみる立場もある。この概念が美的範疇の一つとして哲学的に深められたのは,ドイツ・ロマン主義,ドイツ観念論の美学,心理主義美学,感情移入美学などによってである。ジャン・パウルは,カント,シラーの主張した崇高概念に対して,その対立概念として提出した。リップス,コーン,フィッシャー,フォルケルトは,ユーモアは滑稽の下位概念もしくは特殊態とし,悲壮概念と対応するものとした。コーヘンは崇高の対立概念として,しかも美の根本的概念の一つとして重要視した。なおユーモア的文芸としてはアリストファネス,セルバンテス,シェークスピア,モリエール,スターン,フィールディング,ジャン・パウルらの作品があげられる。イギリス文学には「気質喜劇」 comedy of humoursという演劇ジャンルがあるが,これは体液によって性格が決定されるという理論から発したもので,特定の性格の過剰を風刺の対象とする喜劇をいう。 (→体液病理学 )  

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