[カウンターカルチャーとサブカルチャー]
カウンターカルチャーおよびサブカルチャーは,社会における支配的な文化(行動様式や価値観などを含む広い意味での文化)であるメインカルチャーに対置される文化のあり方を指し示す概念である。前者は「対抗文化」あるいは「反体制文化」,後者は「下位文化」あるいは「副次文化」などと訳されるが,ある社会の支配的文化(メインカルチャー)に対して,何らかの点で相対的に区別される独自性を示す部分的な文化がサブカルチャーであるとすれば,メインカルチャーに敵対し反逆し,あるいは離反する特性を有する下位文化(サブカルチャー)が対抗文化(カウンターカルチャー)である。したがって一般にサブカルチャーの方がカウンターカルチャーよりも広い概念として用いられることが多い。カウンターカルチャーの代表的な例として,1960年代以降のアメリカ合衆国における若者文化が挙げられる。
[1960年代のアメリカにおけるカウンターカルチャー]
1960年代にアメリカで展開したカウンターカルチャーは,従来の既成権力や既存の価値観に抵抗し,豊かな生活と安定という中産階級的な生活様式を物質主義的であるとして拒否しながら,当時の若者たちによって形成された独自の文化を指す。挑戦的な態度で新たな意識改革を迫るものであったが,特定の組織や人物によって展開された運動というよりも,多種多様な文化実践が同時多発的に生起したという特徴を有している。ヒッピー現象,コミューン生活,マリファナやLSDなどのドラッグを用いた「トリップ・アウト」,ロックやフォークなどの新しい音楽や「ウッド・ストック」に代表されるフリー・コンサート,「アメリカン・ニュー・シネマ」と言われる映画,絵画や写真などさまざまな表現や文化に及んだ。ヒッピーに典型的に見られる,テクノロジーを批判した自然志向・反合理主義志向には,禅をはじめとする東洋思想の影響も指摘される。
こうしたカウンターカルチャーの動きの背景には,公民権運動に現れる人種問題の激化と黒人解放運動,女性解放運動,ヴェトナム戦争の泥沼化と反戦運動の高まり,一連の大学紛争などが見出される。1960年代はさまざまな局面における「異議申し立て」の時代としてとらえられ得るが,カウンターカルチャーはこうした社会全体の動きの中から生まれてきたという側面も有している。
大学の問題に即して見るならば,1944年に制定された第2次世界大戦の復員軍人に対する援助優遇立法である「GI権利章典」によって,大学への優先入学,授業料免除などの特典が与えられたことにより,大学進学者が戦後急激に増加し,今日の高進学率に至るきっかけとなった。そして1960年代末は,戦後のベビーブーマーが大学に進学する時期にあたり,学生数の増加と大学教育のあり方や意味づけの変化,さらにより広くはヴェトナム戦争への反対とともに,工業化に伴って現代社会の管理体制へと組み込まれていく学生や知識・情報の商品化に対する異議申し立てといった文脈で,大学の管理・運営への学生参加の拡大を求めつつ,大学紛争が拡大していった。カウンターカルチャーの背景の一つに大学紛争があるという点に着目するならば,反合理主義志向というカウンターカルチャーの外見にもかかわらず,通常メインカルチャーの側に位置づけられる大学とのかかわりが,カウンターカルチャーの重要な要素をなしていることがわかる。あるいはメインカルチャーとしての大学の意味を問い直すことこそが,カウンターカルチャーの一つの要素となっていたとも言える。
[他国における展開]
アメリカで生まれたカウンターカルチャーの他国への影響は一様ではないが,当時,日本,フランス,イタリア,西ドイツ,イギリスといった国々でも同時的に大学紛争が発生していった。個別の争点はそれぞれ異なるとしても,既存の秩序に対する学生による異議申し立てという点でこれらは共通し,また戦後のベビーブーマー世代がこれを担ったという点でも軌を一にしている。
またカウンターカルチャーに通ずるものとして,フランス,ドイツ,イタリアのヨーロッパ諸国を中心に環境保護運動,フェミニズム,平和運動,地域分権運動,マイノリティの運動などとして行われてきた「新しい社会運動」を挙げることができる。これは,労働者による従来の階級闘争的な運動ではないというだけでなく,運動組織の形態が非官僚制的なネットワーク型であること,組織による動員ではなく個人として運動に参加する傾向がより強く見られること,従来と比べて社会階層の高い者の参加が多く見られること,近代社会の物質的価値観を問い直す運動であることなどの特徴によって,「新しい社会運動」としてとらえられる。そして経済的な観点に限定されることなく,既存の社会のあり方を根本から問い直そうとする点で,カウンターカルチャーと重なってくる。ボルタンスキー,L.らは疎外の観点からの批判である「芸術家的批判」と,搾取にかかわる資本-労働の関係からの批判である「社会的批判」という,資本主義に対する二つの批判の類型を提示したが,前者はまさにカウンターカルチャーや「新しい社会運動」に通じるものである。
著者: 白鳥義彦
参考文献: リュック・ボルタンスキー,エヴ・シャペロ著,三浦直希,海老塚明,川野英二,白鳥義彦,須田文明,立見淳哉訳『資本主義の新たな精神 上・下』ナカニシヤ出版,2013.
参考文献: シオドア・ローザック著,稲見芳勝,風間禎三郎訳『対抗文化(カウンター・カルチャー)の思想―若者は何を創りだすか』ダイヤモンド社,1972.
参考文献: 竹林修一『カウンターカルチャーのアメリカ―希望と失望の1960年代』大学教育出版,2014.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報
対抗文化。社会のメインストリームを形成する支配的な文化に対置される反権威的な文化の総称。若者、女性、少数民族などの「社会的弱者」が主な担い手であることから、大衆的な下位文化をエリート主義的な上位文化に対置してこのように称する場合もある。多くの近代社会で起こりうる現象だが、規模や影響力の大きさという面で他を圧倒していることから、1960年代のアメリカで隆盛をきわめた若者文化にその代表例を見る意見が広く一般化している。
新興国家であるアメリカはもともとがカウンターカルチャーに対して寛容であり、菜食運動やコミューン運動など、19世紀から様々な試みがなされてきた。その蓄積は60年代に一挙に花開く。ビート派の運動などにみられたその兆しは、期待された社会的役割から「ドロップアウト」した若者たちが形成したヒッピーと呼ばれる独自のライフ・スタイルをはじめ、マリファナやLSDなどの薬物を用いた「トリップ・アウト」、ロックやフォークのフリー・コンサート、サイケデリック・デザインなど多彩な表現や文化を生み出していく。このような若者文化が隆盛した背景としては、黒人解放運動、女性解放運動、ベトナム戦争に対する反戦運動などの高まりが挙げられ、またテクノロジーを批判し自然に帰ることを強調したその自然志向・反合理主義志向には、禅をはじめとする東洋思想などの強い影響も指摘される。また、若者文化とステューデント・パワーの軌を一にした台頭は、1960年代末のヨーロッパや日本にも生じた現象であり、アメリカのカウンターカルチャーはその先駆けであった。
『対抗文化の思想』The Making of a Counter Culture(1969)において、セオドア・ローザクTheodore Roszak(1933― )は60年代当時の若者文化が対抗文化の一形式であるとしたうえで、その本質が科学的世界観を相対化するシャーマニズム的世界観に潜んでいることを指摘している。また他にも、精神医学者R・D・レインRonald David Laing(1927―89)、哲学者ノーマン・ブラウンNorman Brown(1913―2002)、ベティ・フリーダン、スーザン・ソンタグといった論者が、当時の若者文化の意義を肯定的に評価している。社会情勢の変化に伴い、1970年代後半以後は退潮していくが、60年代のカウンターカルチャーの問題提起は、神秘主義やオカルティズムに基づくニュー・エイジやニュー・サイエンスなどの思想やドイツの「緑の党」などの環境運動へと継承されていく。
[暮沢剛巳]
『ジェリー・ルービンほか著、田村隆一訳『Do it!』(1971・都市出版社)』▽『シオドア・ローザク著、稲見芳勝・風間禎三郎訳『対抗文化(カウンター・カルチャー)の思想――若者は何を創りだすか』(1972・ダイヤモンド社)』▽『ハーヴィー・コックス著、上野圭一訳『東洋へ――現代アメリカの精神の旅』(1979・平河出版社)』▽『Stewart BrandThe Last Whole Earth Catalog(1971, Random House, New York)』
1960年代のアメリカで若者が既成の秩序を打破し,新しい価値観のもとで生きようとした対抗文化運動。公民権運動,ベトナム反戦運動,女性解放運動,性革命,同性愛解放運動などの新しい社会運動が起こり,またマリファナやLSDなど麻薬の流行,ヒッピーの登場などによって社会秩序が乱れた結果,保守派の台頭を促し,近年の価値観の二極分化を生んだ。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
「サブカルチャー」のページをご覧ください。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
… 既存の権威に対する反発は,少数民族の間だけではなく,若い世代,ことに学生層に及び,彼らは公民権運動に参加したのみならず,ベトナム戦争(インドシナ戦争)に対する反戦運動を起こし,さらに大学当局の権威に挑戦する大学紛争を展開した。広く文化の面においても,既存の価値体系に挑戦するいわゆるカウンター・カルチャー(対抗文化)が登場してくる。さらに,1960年代後半から性による差別の廃止運動が活発になった。…
…ある社会の支配的文化に対し,敵対し反逆する下位文化(サブカルチャー)を,一般に対抗文化(カウンターカルチャー)あるいは敵対的文化(アドバーサリー・カルチャー)と呼ぶ。だが現代におけるカウンターカルチャーは,先進産業社会とくにアメリカにおいて,1960年代から70年代初め,すなわち人種問題の激化,ベトナム戦争の拡大,公害問題の深刻化などを背景とする時代に盛りあがりを見せた,青年の反逆現象ないし〈異議申立て〉のなかで生み出された思想,価値体系およびライフスタイルを指す。…
…1960年代のアメリカで既存の道徳観や生活様式に反抗し,ひげや長髪をたくわえ,ジーンズや風変りな衣装を身につけ,ドラッグやサイケデリックなロック音楽,東洋的な瞑想を好み,定職につくことを拒否して放浪した人々を指す。このヒッピー風俗は,カウンターカルチャー(対抗文化)とともに,大なり小なり世界中に広まった。日本でも60年代の〈みゆき族〉や〈フーテン〉以来,その影響を見いだすことができる。…
※「カウンターカルチャー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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