ギリシア内乱(読み)ギリシアないらん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ギリシア内乱」の意味・わかりやすい解説

ギリシア内乱
ギリシアないらん

1946~49年ギリシアで起こった左派系の自由ギリシア政府と国王政府との戦闘。第2次世界大戦後のギリシアで,復位した国王ゲオルギオス2世下の新政府(首班ゲオルギオス・パパンドレウ)と,大戦中ドイツ占領軍に抵抗運動を続けていた民族解放戦線 EAM(→ギリシア抵抗運動)が対立し,内乱となった。1947年12月,EAMは北部山岳地方に臨時政府の自由ギリシア政府(首班マルコス・バフィアジス)の樹立宣言を行なうほど優勢であったが,1948年2月,トルーマン・ドクトリンによって編成された米英軍事使節団と軍事資材の援助を受けた国王政府軍がしだいに勢力を盛り返し,1949年10月臨時政府側が降伏した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む