コンラディン(その他表記)Konradin; Corradino

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「コンラディン」の意味・わかりやすい解説

コンラディン
Konradin; Corradino

[生]1252.3.25. ラントスフート近郊ウォルフシュタイン
[没]1268.10.29. ナポリ
シュワーベン公。神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の孫で,ドイツ王コンラート4世の子。フリードリヒ2世の庶子で,コンラディンの叔父にあたるマンフレートがシチリア王に即位したが,1265年教皇クレメンス4世がアンジュー家シャルル (シチリア王としてはシャルル1世 ) をシチリア王に封じたため,2人の間に戦いが行われ,マンフレートは殺された。そのため 67年皇帝派 (ギベリーニ) の要請を受けてイタリアに遠征,シャルルからシチリア王位を奪回しようと企てたが,タリアコッツォの戦いで敗れ,教皇派 (グェルフィ) に捕われて,シャルルの手によりナポリで斬首された。ホーエンシュタウフェン朝最後の人物である。

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