ジェームズ・ケアハーディ(その他表記)James Keir Hardie

20世紀西洋人名事典 の解説

ジェームズ・ケア ハーディ
James Keir Hardie


1856 - 1915
英国の政治家。
元・労働党党首。
別名ケア ハーティ
農場の召使いメアリー・ケイの庶子に生まれ、母の結婚でハーディ姓を名のった。少年時代から炭坑夫として働き、20代には労働組合運動の指導者として頭角を現す。1887年「坑夫」紙を刊行して、ジャーナリストとしても活躍。1888年ミッド・ラナークの補欠選で落選後、スコットランド労働党を組織。1892年初の独立の労働代表として下院議員に当選。1900年以降、労働党の中心的メンバーとして活躍し、’06年初代労働党党首。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む