日本大百科全書(ニッポニカ) 「スネルマン」の意味・わかりやすい解説
スネルマン
すねるまん
Johan Wilhelm Snellman
(1806―1881)
ロシア統治時代のフィンランドの政治家、哲学者。民族文化覚醒(かくせい)運動の推進者。ヘーゲル哲学に影響を受け、1842年『国家論』を著し、国家の本質はその民族精神にあると説いた。ニコライ1世の統治下にあって、彼の論説は当局から忌避されたが、1843~1849年中部フィンランドのクオピオの中学の校長を務めるかたわら、『農民の友』Maamiehen ystävä(1844~1855、フィンランド語)、『サイマ』Saima(1844~1846、スウェーデン語)などの新聞を発行し、民衆のことばであるフィン語を国語とすることによって民族精神を養うべきであると主張した。アレクサンドル2世の時代になると、1856年にヘルシンキ大学の哲学教授となる。1863年財務大臣に任ぜられ、経済的諸問題の解決にあたり、1865年にフィンランドの通貨体制を確立させた。同時に、公用語に関する政策を推進し、1863年にアレクサンドル2世と会見してフィン語を公用語とする必要を説き、フィン語にスウェーデン語と対等の地位を認めた「言語令」の発布に決定的な影響を与えた。
[萩谷千枝子 2015年11月17日]