ティペカヌーの戦い(読み)ティペカヌーのたたかい(その他表記)Battle of Tippecanoe

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ティペカヌーの戦い」の意味・わかりやすい解説

ティペカヌーの戦い
ティペカヌーのたたかい
Battle of Tippecanoe

アメリカ=イギリス戦争 (1812) の直前の 1811年 11月7日,現在のインディアナ州ラファイエット付近にあったショーニー族インディアンの中心地を W.ハリソン指揮下の 1000人のアメリカ軍が攻撃した戦い。当時イギリスの支持を受けたショーニー族とアメリカは一触即発の状態にあった。アメリカ軍の遠征目的は,ショーニー族族長テクムセが他民族に呼びかけつつあった民族間防衛同盟の成立を妨害することにあった。アメリカ軍の進出に対して,テクムセの弟テンスクワタワの指揮するインディアン軍は反撃に出,双方とも同じくらいの損害を受けたが,ティペカヌー河畔の町は灰燼に帰した。この戦闘はアメリカ軍の大勝利として宣伝された。 40年にハリソンが J.タイラーを副大統領候補として大統領選挙に出馬したとき,「ティペカヌーと,そしてタイラーも」という選挙スローガンが大いにあたり,ハリソンは第9代大統領に当選した。

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