ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヌハク・プームサバン」の意味・わかりやすい解説
ヌハク・プームサバン
Nouhak Phoumsavan
[没]2008.9.9. ラオス,ビエンチャン
ラオスの政治家,抵抗運動指導者。農民の出身。スファヌボン殿下らと抗仏独立闘争の中心となり,1945年フランス軍の復帰に反対する反仏闘争中はベトミンのラオス連絡員を務めた。ベトナムを中心とするインドシナ共産党に入党後,自由ラオス(ラオ・イッサラ)に参加。1950年自由ラオス戦線(のちラオス愛国戦線〈パテト・ラオ〉に改称)政府の大蔵大臣,外務大臣となり,1954年にはジュネーブ会議の同政府代表を務め,1963年パテト・ラオ中央常任委員の筆頭となった。パテト・ラオの経済政策面での実力者といわれ,1972年にラオス人民革命党 LPRPを共同設立し,1975年12月ラオス人民民主共和国政府の樹立時には副首相兼蔵相に就任。1992~98年大統領を務めた。
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