日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハニヤ」の意味・わかりやすい解説
ハニヤ
はにや
Ismail Haniyeh
(1963―2024)
パレスチナのイスラム原理主義組織ハマスの政治指導者。第三次中東戦争(1967)でイスラエルが占領する前のエジプト領ガザ地区のアルシャティ難民キャンプで生まれる。両親は第一次中東戦争(1948)でガザ地区北方のアシュケロンから同キャンプに逃れたパレスチナ難民。ハマスが運営するイスラム大学卒業(専攻はアラビア文学)後、対イスラエル闘争に本格的に加わり、3年間投獄されたほか、レバノンに追放された経験をもつ。ハマスの精神的指導者アハメド・ヤシンAhmed Yassin(1938?―2004)が1997年に釈放されると、同師の最高顧問に就任。2004年3月にヤシンが、翌月には後継指導者のアブドルアジズ・ランティシAbdel Aziz al-Rantissi(1947―2004)がイスラエルのシャロン政権に殺害され、その後はマフムード・ザハルMahmoud al-Zahar(1945― )らとともにハマスを率いることになった。
2006年1月パレスチナ評議会(国会に相当)選挙で、ハマスが与党のパレスチナ解放機構(PLO)主流派ファタハに圧勝し、3月に自治政府内閣の首相に就任。2007年3月に発足したハマスとファタハの「挙国一致内閣」でも首相となったが、ハマスのパレスチナ自治区ガザ制圧後、同年6月アッバス議長に首相を解任された。
[宮明 敬]
2017年にハマスの指導者に就任したが、2024年7月、滞在先のイランでイスラエルによる攻撃によって殺害された。
[編集部 2024年9月17日]