日本大百科全書(ニッポニカ) 「バレンヌ逃亡事件」の意味・わかりやすい解説
バレンヌ逃亡事件
ばれんぬとうぼうじけん
フランス革命中、1791年6月に起こった国王ルイ16世一家の逃亡未遂事件。バレンヌVarennesは、フランス北東部、現ムーズ県にある、一家が捕らえられた地。王一家は、内外の反革命勢力の計画に従い、パリを脱出、北東国境に近いモンメディーに待機する国王軍に身を寄せ、オーストリアに依存しつつ、革命勢力に対抗する予定であった。個人的には王妃マリ・アントアネットの愛人、スウェーデンの貴族フェルセンが加担していた。6月20日深夜、変装した一行は大型馬車でひそかに王宮を脱出したが、手違いと油断が重なり、21日から22日にかけての夜、バレンヌで捕らえられ、25日パリへ送還された。王権の反革命性を暴露した自滅行為であり、国民の王家への不信や共和主義を高める結果となった。
[山上正太郎]