改訂新版 世界大百科事典 「ヒンドゥーマハーサバー」の意味・わかりやすい解説
ヒンドゥー・マハーサバー
Hindū Mahāsabhā
1913年に結成されたインドの政党。ムスリム連盟の結成(1906)に反発したパンジャーブ・ヒンドゥー・ハバーなどが発展したもので,ヒンドゥーイズムに基づきインドを統一しようとする宗教的セクト主義の政党である。当初,ラージパット・ラーイやM.M.マラビーヤなど国民会議派の有力な指導者もメンバーで,組織は会議派とともに成長した。しかし,20年代末から宗教的セクト主義の性格がいっそう強まり,37年から48年まで総裁の座にあったサーバルカルVinayak Damodar Savarkar(1883-1966)の時代には会議派と立場を異にし,イギリスの戦争努力を支持し,42年の〈インドを去れ〉運動で会議派指導部が投獄されている間に勢力を伸長させた。パキスタン構想(ムスリムの分離独立)にヒンドゥー・コミュナリズムの立場から激しく反対したが,インド独立後,48年1月のM.K.ガンディー暗殺に関連しているとして,暗殺者が所属していた民族義勇団RSSとともに政府の弾圧を受けた。その後も少数政党として存在しているが,ヒンドゥー教徒のセクト主義政党としては,51年に結成されたジャン・サングJan Sanghにその地位を譲った。
執筆者:清水 学
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報