ビュイソン(その他表記)Buisson, Ferdinand-Édouard

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ビュイソン」の意味・わかりやすい解説

ビュイソン
Buisson, Ferdinand-Édouard

[生]1841.12.20. パリ
[没]1932.2.16. チュロア,サンタントアーヌ
フランスの教育家。フランス初等教育制度の改革者。ナポレオン3世の第2帝政国家に対する教師としての宣誓を拒否してスイスにおもむき,1866~70年ヌーシャテル大学で哲学を担当。 67年ジュネーブ平和会議に参加,ヨーロッパ合衆国結成を主唱した。彼はまた国際連盟の先駆的な提唱者であった。 70年のパリ陥落の際には戦争孤児のために孤児院設立。 90年視学総監。この間『教育学辞典』 (1882~93) を刊行。 96~1902年パリ大学の教育学教授,02~14,19~23年下院議員,1898年人権連盟 Ligue des Droits de l'Hommeの設立を援助し,1913~26年総裁。 27年ドイツの平和主義者 L.クウィデとともにノーベル平和賞受賞。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む