ペリリュー島の戦い

共同通信ニュース用語解説 「ペリリュー島の戦い」の解説

ペリリュー島の戦い

1944年9月、フィリピンへの進撃を目指した米軍が、日本軍の飛行場があったパラオのペリリュー島に上陸し、激戦となった。日本軍は島に張り巡らした塹壕ざんごうや洞窟に身を隠しながらゲリラ戦を続けたが、約2カ月半で守備隊約1万人がほぼ全滅。生き残った34人はその後も約2年半にわたり、密林や洞窟に潜伏した。近くのアンガウル島でも約1200人が死亡、パラオ全体での戦死者は日本軍が約1万6千人、米軍も2千人近くに上った。2島の住民は別の島などに疎開していたが、中心地コロール島の街も空襲で壊滅した。

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