洞穴(どうけつ)ともいう。岩の中にできた地下の空間で,人間が入っていけるだけの大きさをもち,入口の長径が奥行きまたは深さより小さいもの。断面が入口のところで最大となるものは,岩陰と呼んで区別している。自然の洞窟のうちで最も数が多いのは,石灰岩の中にできる石灰洞であって,鍾乳石などの二次生成物が多く見られるので,一般に鍾乳洞と呼ばれる。石灰洞は,雨水や河川水や地下水の化学的溶食作用と物理的浸食作用とが働きあい,石灰岩内部の弱い個所を除き去った結果として形成される。同じような成因による洞窟は,砂岩,凝灰岩,結晶片岩などの中にもできるが,これらの場合には物理的な要因の働く割合が大きい。ほとんど物理的な破壊作用だけで形成される洞窟には,海岸の崖に衝突する波の力でできる海食洞がある。いずれにしても,これらの洞窟は,母岩の誕生よりはるかに遅れて形成をはじめ,しだいに成長して壮年期を迎え,やがて老化してなくなってしまうので,一括して二次洞窟と呼ばれる。これに対して一次洞窟とは,母岩と洞窟との年齢が等しく,誕生したのちに洞窟が二次的な成長をしないものをいい,火山の作用でつくられる溶岩洞(溶岩流が冷却するとき,中央部に空洞が生じることによってできるもので,溶岩トンネルとも呼ばれる)のみがこれに該当する。なお,洞窟の成因,構造,そこにすむ生物や遺跡などを含めて,洞窟にかかわる事象について科学的研究を目ざす学問は洞窟学speleologyと総称される。
→ケービング
洞窟の中に生息する生物。ふつうは,一生を洞窟の中だけで送る生物をいう。ただし広義には,一時的に迷いこんだものや,コウモリのように周期的に洞窟を利用するものを含めることもある。洞窟の中には日光がさし込まないので,光合成をする植物は生存できない。したがって,ある種の菌類などを除けば植物は皆無に近いので,洞窟生物とは実質的に洞窟動物のことである。洞窟の中は,完全な暗黒で湿度が高く,温度は低くてほぼ安定し,植物がないのできわめて栄養源に乏しい。したがって,この特異な環境に適応できる動物群はひじょうに限定され,そのすべてが腐食性か肉食性である。代表的なものに,脊椎動物ではホライモリやメクラウオ,昆虫類のメクラチビゴミムシやホラトゲトビムシ,多足類のシロオビヤスデ,甲殻類のムカシエビやメクラヨコエビ,蛛形(ちゆけい)類のメクラツチカニムシやホラヒメグモ,巻貝のミジンツボ,扁形動物のホラアナウズムシなどがある。一般に皮膚が薄く,色素が消失して体色が淡くなり,目が退化してなくなり,昆虫類では羽もなくなっている。その代りに触角や脚が細長く伸び,体表の毛も長くなって触覚をつかさどる。呼吸器官は退化し,物質代謝が緩慢になって,食物をとらなくても長いあいだ生きていられる。成育には長い時間を要し,その様式も地上の同類の場合とは異なることが少なくない。
なお,洞窟動物は洞窟に特有のものではなく,実際には地下の深いところに広く生息している。体の微小な洞窟動物の生息場所は,人間を中心にしてみた洞窟とは広がりがまったく異なり,場合によっては地表のすぐ近くまで延びていることもある。しかし,こういう地下性の動物を最も見やすい場所が洞窟であり,その研究も主として洞窟で行われてきたので,地下にすむ無色無眼の動物を現在でも洞窟動物と総称する。
執筆者:上野 俊一
人間にとって洞窟は住居でもあり,墓でもあり,また聖所でもあった。旧石器時代から人間はそこに住んで生活し,死ぬと死者を葬る一方で,神仏をまつって聖所や寺院とした。洞窟はその神秘性と古代の生活の記憶のゆえに,豊かなイメージの源泉となっている。
《出雲国風土記》に載る〈黄泉(よみ)の穴〉は,現在の猪目(いのめ)洞窟だともいい,人骨も出土しているが,同じ出雲の加賀洞窟(潜戸(くけど))は佐太大神の誕生の地とされ,また近くに賽(さい)の河原もある。洞窟は生と死のイメージが交錯する両義的な場所である。《日本書紀》では,伊弉冉(いざなみ)尊を熊野の有馬村の〈花の窟(いわや)〉に葬るとあるが,ここは俗に〈産立(うぶたて)の窟〉とも呼ばれる。洞窟は,地下世界,死者の国への出発点であると同時に,豊饒(ほうじよう)の根源,母胎とも観念されていた。洞窟は,黄泉国,根の国,妣(はは)が国への入口であり,生,死,豊饒,大地,女性などのイメージを宿し,蛇や鬼の住む魔所であるが,一方で神霊の斎(いつ)く聖所でもあるという始源性を帯びている。《道賢上人冥途記》は,941年(天慶4)に道賢(日蔵)が大峰山の笙(しよう)の窟で参籠中に,死んで冥途巡りをして蘇生した話を記し,洞窟が生と死の境にあり,修行者がそこにこもって山霊と交感し,霊力を身につけて再生して山を下る様相を示している。修験者が山を母胎に見立てて,山中の洞窟や岩の割れ目で行う胎内くぐりは,擬死再生を行為によって確証するもので,成年式の試練を果たす意味合いもあった。中世の《神道集》に載る諏訪の縁起である甲賀三郎の物語は,修験者によって担われたといわれる伝承で,妻を探して人穴から地中に入って放浪し,大蛇となって地上に戻り神としてまつられる話だが,大己貴(おおなむち)神の試練と放浪の神話とも呼応する。沖縄の八重山の来訪神祭祀では,アカマタ・クロマタが,ナビンドゥという洞窟から生まれて村を訪れ,豊饒を約束して去るが,ニライは海の彼方とも地底とも考えられている。
→グロッタ →人穴
執筆者:鈴木 正崇
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…洞窟の意。ときには岩が怪奇にそそり立つ崖地,廃墟,人工の堡塁などをも指すが,建築・庭園の分野では人工的な洞窟ないし洞窟的な小房をこう呼ぶ。…
…洞窟探検と訳され,洞窟の探検や学術調査などの諸行動を意味するが,元来は鉱山の採掘法を表すことばとして用いられていた。同義語としてspelunkingやpotholingもまれに使われている。…
※「洞窟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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