マシケ秋田藩陣屋跡(読み)ましけあきたはんじんやあと

日本歴史地名大系 「マシケ秋田藩陣屋跡」の解説

マシケ秋田藩陣屋跡
ましけあきたはんじんやあと

[現在地名]増毛郡増毛町永寿町など

近世末期に設置された蝦夷地警衛の役所跡。一八五五年(安政二年)四月幕府から実地を検分して陣屋の増設などにつき報告することを命じられた秋田藩は、同年一一月完全な警衛には約二〇ヵ所の陣屋建立、約三千人の守備兵を詰める必要があり、一藩の力では困難という上書を提出した。また極寒多湿の地で守備はきわめて難儀であるとし、異状の際に兵を派遣するので警衛は免除するよう嘆願したが許されず、西蝦夷地カムイ岬からシレトコ岬に至る全地域ならびに北蝦夷地その他島々を持場とされた。これに伴いマシケに元陣屋、ソウヤなどに出張陣屋を置き、北蝦夷地には三―八月の間守備兵を派遣、冬季にはマシケに引揚げさせた(「書付諸伺書類」など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 観国録 玉虫 礼砲

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む