マヌーチフリー(読み)まぬーちふりー(英語表記)Abū al-Najm Amad Manūchihrī

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マヌーチフリー」の意味・わかりやすい解説

マヌーチフリー
Manūchihrī, Abū al-Najm Aḥmad

[生]? ダームガーン
[没]1040頃
ペルシアの宮廷詩人最初の保護者ジヤール朝マヌーチフル王から雅号をとったといわれ,のちにガズニー朝スルタンマスウードに仕えた。「自然の詩人」の異名で知られるように自然描写が巧みで,頌詩導入部には多くの自然を詠み込んだ。ムサムマト詩形の最初の作詩者としても名高く,『マヌーチフリー詩集』 Dīwān-e Manūchihrīには古典アラビア詩の強い影響も指摘されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「マヌーチフリー」の意味・わかりやすい解説

マヌーチフリー
まぬーちふりー
Abū al-Najm Amad Manūchihrī
(?―1040)

ペルシアの詩人。ダームガーンに生まれ、ガズナ朝のスルタン、マスードに仕えた宮廷詩人。自然描写に巧みで「自然の詩人」の異名で知られる。ムサムマト詩形を最初に用いた詩人としても名高い。約2700句からなる『マヌーチフリー詩集』は古典アラビア詩の強い影響を受けた頌詩(しょうし)が主体をなし、頌詩の導入部にはいつも自然が詠み込まれている。

[黒柳恒男]

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