マレーの戦い(読み)マレーのたたかい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マレーの戦い」の意味・わかりやすい解説

マレーの戦い
マレーのたたかい

太平洋戦争の緒戦に行われた,マレー半島南下する日本軍とイギリス軍との戦い。山下奉文中将を司令官とする第 25軍は,1941年 12月8日開戦と同時にマレー半島に上陸敢行,上陸地点のコタバルやジットラ・ラインで激戦ののち,イギリス軍を南へ圧迫した。シンガポール占領を目指す日本軍は,紀元節の2月 11日までにそれを達成する「攻略日程」を立てた。銀輪部隊という自転車連隊が初登場し,日本軍は快速度で南下,42年1月 31日ジョホール水道に達した。しかし最後のブキ・ティマ高地の攻略に手間取ったため,結局イギリス軍司令官 A.パーシバル中将の降伏は2月 15日となった。なお当時はマレー作戦といった。

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