パーシバル(読み)ぱーしばる(英語表記)Troy Eugene Percival

日本大百科全書(ニッポニカ) 「パーシバル」の意味・わかりやすい解説

パーシバル
ぱーしばる
Troy Eugene Percival
(1969― )

アメリカのプロ野球選手(右投右打)。大リーグ(メジャー・リーグ)のカリフォルニア・エンゼルス(現ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム)、デトロイト・ダイガースで投手としてプレー。時速160キロメートル近い豪速球を投げ込む力強いピッチングで、2002年にはエンゼルス球団史上初のワールド・シリーズ制覇をもたらした。

 8月9日、カリフォルニア州フォンタナで生まれる。カリフォルニア大学リバーサイド校から1990年、ドラフト6巡目指名を受けてエンゼルスに入団、初めはマイナー・リーグのA級で捕手として出場した。しかし翌年からは救援投手転向、1年目からA級でリーグ最多の12セーブをあげた。1995年に大リーグへ昇格、おもに中継ぎとして投げたが、投球回数74で奪三振94、防御率1.95という成績をあげた。1996年には抑え投手となり36セーブをマーク、以来、タイトルこそないものの、2002年までに球団記録の250セーブを積み上げた。2003年、04年にも連続して33セーブをあげたが、05年はFAフリーエージェント)でタイガース移籍。2年契約の1年目は肩の故障で26試合の登板に終わり、2年目の06年も肩が完治せず未登板のままシーズンを終えた。

[出村義和]

2007年以降

2006年かぎりでいったんは現役を引退し、エンゼルスのマイナー球団などでコーチを務めていたが、傷めていた右肩が回復したことで現役復帰を決意。2007年シーズンなかばにセントルイス・カージナルスと契約を結んだ。6月に大リーグ復帰を果たし、おもに中継ぎ投手として34試合に登板、3勝0敗、防御率1.80、36個の三振を奪った。2008年からはタンパベイ・レイズでプレー。

 2007年までの通算成績は、登板試合639、投球回651と3分の2、33勝41敗、セーブ324、防御率3.02、奪三振736、完投0、完封0。

[編集部]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「パーシバル」の意味・わかりやすい解説

パーシバル
Perceval, Spencer

[生]1762.11.1. ロンドン
[没]1812.5.11. ロンドン
イギリスの政治家。法曹出身。 1796年下院議員となり,トーリー党所属ピット (小) を支持し,H.アディントン内閣では法務長官をつとめ,与党有力議員として活躍した。 1807年ポートランド内閣の蔵相。 09年首相。 11年摂政となった皇太子 (のちのジョージ4世 ) には嫌われていたが,内閣は存続。 12年議会のロビーで狂人に暗殺された。

パーシバル
Percival, Arthur Ernest

[生]1887.12.26. アスベンデン
[没]1966.2.1.
イギリスの陸軍軍人,中将。1942年2月15日太平洋戦争におけるシンガポール陥落時のイギリスのマレー軍司令官。日本陸軍のマレー方面最高司令官山下奉文中将が降伏条件に関する折衝の席で「イエスか,ノーか」と迫ったという山下=パーシバル会談の相手として知られる。

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