ミハイルペルブーヒン(その他表記)Mikhail Georgievich Pervukhin

20世紀西洋人名事典 「ミハイルペルブーヒン」の解説

ミハイル ペルブーヒン
Mikhail Georgievich Pervukhin


1904.10.14 - 1978.7.22
ソ連政治家
元・第一副首相,元・ソ連邦国家計画委員会参与会員。
ウラル生まれ。
別名Mihail Georgievich Pervuhin。
1919年共産党入党。’33年カシール発電所技師、所長、’39年発電所電気工業人民委員、党中央委員、’40年、’50年副首相。’52年党幹部会員を経て、’55年第一副首相就任。’57年反党グループとして解任。その後同年7月ソ連邦中型機械製作相、’58年駐東独特命全権大使、’65年ソ連邦国家計画委員会参与会員などを歴任。レーニン賞3回受賞。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

3月から 5月頃に発生する雷。寒冷前線の通過時に発生する界雷で,この雷雨はよくひょう(雹)を伴う。春の到来を伝える雷ともいわれる。雷鳴に驚き冬眠していた地中の虫たちが目ざめるという理由で「虫出しの雷」...

春雷の用語解説を読む