日本大百科全書(ニッポニカ) 「モンドラーネ」の意味・わかりやすい解説
モンドラーネ
もんどらーね
Eduardo Chivambo Mondlane
(1920―1969)
モザンビークの解放運動指導者。南部ガザ地方に農民の子として生まれる。南アフリカのウィットワーテルスラント大学在学中、解放運動に関心をもち逮捕され本国送還された。その後ポルトガル、アメリカに留学、とくにポルトガルのリスボンで多くの解放運動者と接触、アメリカでは国連の信託統治領調査官となった。1961年帰国し、各地に分散していた解放組織を統合して1962年モザンビーク解放戦線(FRELIMO(フレリモ))を結成。タンザニアを本拠として1964年9月モザンビーク植民地政府に対してゲリラ闘争を開始した。しかし、1969年2月3日、ダルエス・サラームのFRELIMO本部に送られてきた小包爆弾によって闘争なかばで死亡した。モザンビーク独立(1975)後、彼の功績を記念して、首都マプートにあった国立大学の名称がエドゥアルト・モンドラーネ大学に変更された。
[林 晃史]