ユリアンプシボシ(その他表記)Julian Przyboś

20世紀西洋人名事典 「ユリアンプシボシ」の解説

ユリアン プシボシ
Julian Przyboś


1901.3.5 - 1970.10.6
ポーランド詩人
南ポーランド生まれ。
クラクフ大学で学び、フランスに留学して西欧芸術に接する。第二次世界大戦中には抵抗運動に参加、戦後外交官の経験がある。前衛詩人グループ「クラクフ・アバンギャルド」に加わり、技術文明に代表される現代生活に密着した詩の必要性を主張し、伝統的な詩形式、リズム打破を目指した独創的な作品を書いた。処女詩集「ねじ」(1925年)、「われら生あるうちは」(’44年)のほか、エッセーミツキエビチを読みつつ」(’50年)等がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「ユリアンプシボシ」の解説

ユリアン プシボシ

生年月日:1901年3月5日
ポーランドの詩人
1970年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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