翻訳|essay
本来この語は日本語の〈随筆〉よりもっとまじめな論考をさすはずである。なぜならこの語の語源は,フランス語動詞の〈エセイエessayer〉,英語の〈アセイassay〉であり,〈試みる〉〈ためす〉を意味するから。したがって〈エッセー〉は〈試論〉とでも訳すべく,内容としては高度な学術論文までを含みうるものである。とはいうものの,ヨーロッパ文学で散文芸術の一つのジャンルとして確立された〈エッセー〉(リテラリー・エッセーとも呼ぶ)は,日本の随筆とかなり近いものと考えてよい。その功績は主としてモンテーニュに帰せらるべきであろう。彼の《随想録》(1580,88)は,深く広い思索を,くだけた気ままな文体で,気の向くままに書きとめたかたちをとっており,新しい魅力ある散文芸術様式として後世に大きい影響を及ぼしたからである。パスカルの《パンセ》(1670)は,モンテーニュとはまったく異質の思想を語りながら,《随想録》の影響ぬきには考えられない。モンテーニュは早い段階で英訳され,イギリスにおけるエッセー文学の隆盛の一つのきっかけとなった。F.ベーコンの《随筆集》(1597,1612,25)はそのはしりだが,自己省察を基本としながら万象を考察するという性格においてモンテーニュと共通するとはいえ,文体は引き締まってきびしい。その後,ウィットとユーモアを貴ぶイギリス人気質に沿って,このジャンルは独自の作品群を生んでいった。アディソン,スティールら18世紀の文人の手にかかると,それは初期のジャーナリズムの文体の一部となった。しかしエッセー文学の頂点はチャールズ・ラムの《エリア随筆》(1823,33)であり,彼こそ〈エッセイスト〉以外の名前では呼ぶことのできない文人であった。イギリス人好みのユーモア(気質のゆとり)を彫琢(ちようたく)の名文で綴ったものである。同時代のハズリット,ド・クインシーから,20世紀のチェスタートン,R.リンドまで,イギリス人のエッセー好きは続いている。
→随筆
執筆者:川崎 寿彦
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