翻訳|rhythm
音や言葉や身体が,あるまとまりをもって行う反復運動。時間形態の反復のことで,音楽や舞踊など,音あるいは身体運動を表現手段とする芸術の基本的な要素の一つであるだけではなく,詩をはじめ文学,演劇などの言語表現においても重要な要素である。比喩的な形では絵画や彫刻についても言及されることがある。リズムは本来,呼吸,脈搏,運動をはじめ生命現象すべてのなかに存在しているが,さらに地球の運動や潮汐のなかにその根源を認めることができる。律動,節奏,節度などの訳語があてられることが多いが,日本の洋楽黎明期には〈拍子〉や〈口調〉の訳語があてられたこともあった。西欧諸語のリズムは古代ギリシア語のリュトモスrhythmosに由来する。リュトモスについては,以前は〈流れる〉を意味する古代ギリシア語rheōと結びつけられたが,現在ではリュトモスは〈形〉〈形式〉を意味していたとされている。
→概日リズム →月周リズム →生物時計 →バイオリズム
旋律や和声とともにしばしばリズムは〈音楽の3要素〉の一つとしてあげられる。しかし,この規定は西欧の古典的な音楽についてあてはまるものの,リズムを主要原理とした音楽の出現や非欧米の音楽の認識が深まってきた今日では必ずしもあてはまらなくなった。リズムは時間形態の反復運動であり,そこにはアクセント,拍,拍子,小節,またさらに,韻律,ダンスのステップなどの要素が密接に結びついている。その結びつきの様態に応じてさまざまなリズムの形態が生まれる。リズムが一定の拍の単位に従って周期的に反復し,拍頭にアクセントが付される場合,これは〈拍子〉ともみなされ,またとくに〈拍節的リズム〉と呼ばれることがある。西欧の舞曲や古典派・ロマン派の音楽を支配したリズムのタイプで,18世紀末の理論書では最も基礎的なリズムとして扱われた。また,拍群が一定の周期で反復するのではなく,いろいろな拍群をもつもの,また,拍が不明確なものなど種々のタイプが考えられ,とくにグレゴリオ聖歌のように拍が不明確なリズム法を無拍リズム(自由リズム)と呼ぶことがある。
リズムは西欧音楽においては形式構造のうえで大きな役割を果たしてきた。ノートル・ダム楽派における〈モーダル・リズム〉では6種類のパターンのリズムの組合せによって楽曲が構築され,また,舞曲が盛んになると小節線や楽節といった概念が登場するようになる。たとえば17世紀初期のM.プレトリウスの舞曲集《テルプシコレー》には拍群と小節との関係がはっきりと示されており,さらに,ソナタ形式に代表される18世紀の器楽諸形式では〈リズム的生長〉(H.リーマン)が楽式展開と緊密な関係をもつようになる。そこでは小さな拍群のアクセントの周期運動がより大きな拍(楽節)群のアクセント周期運動を構成するという現象がみられる。
リズムと拍子,拍,形式の関係はスペインのフラメンコにおいてより自由な形を示している。コンパスcompasと呼ばれるリズム周期をもつフラメンコでは,不均等な音価から構成される不均等5拍子を形成している。
リズムと形式の関係は西欧以外ではもっと多様な形でみられる。たとえばトルコや東欧に広く分布するアクサクaksakのリズム(ブルガリア・リズムともいう)は2拍子と3拍子を基本として音符の長短の微妙な組合せからきわめて多様なリズム・パターンをつくり出している。西欧の近代音楽のリズムがいわば構築的な時間形態であるとすると,日本の雅楽やインドネシアのガムラン音楽における時間形態はいわば円環的である。各楽器が拍群の異なる周期をもち,一定の大きな時間単位で回帰する形をとることが多い。
リズムは古来,最も定義の困難な概念であった。この問題に最初に光を投げかけたのは古代ギリシア人である。とくにアリストクセノスはこの理論史上,最初の最も重要な洞察を行った。彼は詩脚の分析から,最小の時間単位(クロノス・プロトス)を設定して,その複合から種々の脚を説明し,さらに長短をテシス(下拍)とアルシス(上拍)という概念でとらえた。彼の述べた〈加算的リズム〉の考え方は古典古代のリズム論を代表するもので,その後,アリスティデス・クインティリアヌスやアウグスティヌスらのリズム論にも受け継がれた。アウグスティヌスはまた,〈数(ヌメルス)〉という概念のもとに独自のリズムの形而上学をうち立てた。その後,中世・ルネサンスを通じてまとまった書物は著されていないが,15世紀ころから拍の絶対時間を規定するタクトゥスという概念が登場し,17世紀に入ると詩脚の理論から離れた音楽固有のリズム論がみられるようになる。今日のリズム論が成立してくるのは18世紀末で,ソナタ形式の成立と結びつけて理論立てられた。その際,リズムは単に音楽の形式としてだけではなく,人間の身体との関係でも論じられ,人間の本能とリズム,労働とリズムなどの問題とともに論じられたことは重要である。このような人間の身体とリズムとのかかわりは,その後,19世紀においてビュヒャーKarl Bücher(1847-1930)らによって採り上げられた。また楽式論との関連においてH.リーマンらによってリズムと形式の問題が論じられた。
20世紀に入ると西欧音楽のリズムもきわめて多彩になる。拍群の多様な変化によってダイナミックなリズムを実現したストラビンスキーやアクサク・リズムに示唆を受けたバルトーク,〈無拍子音楽〉を考えたメシアンらは拍や拍子,アクセントとリズムとの新しい関係をうち立て,リズム概念を著しく拡大した。また,アジアやアフリカの音楽や時間観の影響もこの拡大に寄与するところが大きい。また20世紀後半の〈反復音楽(ミニマル音楽)〉と呼ばれる傾向は,リズムの構築性という従来の考え方から離れて,自由に変化するリズムを追求している。
リズムのもつ身体性は音楽教育の面において注目され,ジャック・ダルクローズらによって取り入れられただけではなく,音楽療法にも応用されている。またリズムに着目することにより体操にも新しい道が切り開かれた。
→拍子
執筆者:西原 稔
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音楽をはじめとする人間のさまざまな活動において、そのままの形ではとらえにくい時間の体験を、分節し、関連づけることによって、一つのまとまりとして構造化する働き。「律動(動律)」「節奏」などと訳される場合も含めて、この語は現在きわめて広範囲に用いられている。西洋の音楽、舞踊、詩についてはもちろん、東洋のそれら(たとえば、日本の「序破急」やインドの「ターラ」)についてもリズムは語られるし、さらには生理的リズム(バイオリズム)や自然のリズム(季節の移ろいなど)といったものが云々(うんぬん)されることもまれではない。これらすべての用法に共通しているのは、せいぜい「時間的変化」といった漠然としたイメージだけである。現代の用法のうちにも、たとえば「線描のリズム」という場合のように、空間的・視覚的なもののリズムが語られることがあるが、このときも視覚体験のうちに含まれる時間性が暗に意識されている。
さらに語源であるギリシア語のリトモスrhythmosにまでさかのぼれば、この語は「拘束」(ウェルナー・ウィルヘルム・イェーガー)や「形、形式」(エミール・バンベニスト)を表していた、とする説が有力であり、いずれにせよこれらは現代の語義とは無関係という以上に対極的ですらある。
このように非常に拡散的な語義をもつ「リズム」について、アメリカの音楽学者G・W・クーパーとL・B・メイヤーは共著『音楽のリズム構造』(1960)において、明確で限定的な定義を与えた。そこではリズムは関連するいくつかの概念とともに次のように規定される。まず、規則的で等価な刺激の連続は「パルスpuls」とよばれる。ここに外的・内的ななんらかの理由によってアクセントと非アクセントの区別が生じると、それは「拍」(ビート)とよばれることになる。このアクセントが規則的に現れる場合、それは拍群法、すなわち「拍子」になる。そして「リズム」とは「一つ、または一つ以上のアクセントのない拍が、一つのアクセントのある拍との関係でグループ化される仕方」であるとされる。この拍のグループ化は、拍子の区分と一致することもあれば、一致しないこともある。
「運動の秩序」(プラトン)や「時間の秩序」(アリストクセノス)といった歴史上広く知られてきた定義、あるいは「内在するディナーミク」(フーゴー・リーマン)や「本源的な身体運動の知覚」(エルンスト・クルト)といった音楽学史上の定義に比べて、先のクーパーとメイヤーによる定義は、リズムが対象の属性としてだけ在(あ)るのではなく、「グループ化」という形で主体と対象とのかかわりのなかで生じるものなのだ、ということを明確にした点に特色をもっている。近年の心理学では、人間は厳密に等価で等間隔な音の刺激(つまり「パルス」)をもグループ化して聴く傾向をもつ、ということが指摘されている。これは、リズムという現象のうちにはそれをとらえる主体の側の積極的な働きかけという要因が含まれている、ということを示している。しかし他方、実際の詩や音楽といった対象は、けっして等価・等間隔な刺激をもつものではなく、さまざまな特徴を備え、それぞれに適切な分節を求めてもいる。要するにリズムとは、対象を積極的にグループ化しようとする主体と、しかもなお自らにふさわしい分節を求める対象とが、出会い、干渉しあう結果として生じるものなのである。このことは、リズムが対象に埋没する態度とも、それを制御しようとする態度とも相いれないものであることと呼応している。
リズムはしばしば、〔1〕拍節的リズム、〔2〕定量リズム、〔3〕自由リズム、の三つに分類される。前述のクーパーとメイヤーの用語法に従えば、拍節的リズムとは、均等なパルスをもち、しかもそこに規則的なアクセントの再帰、すなわち拍子を備えたもので、平均的日本人が日常生活で耳にする音楽のほとんどがこれに属する。定量リズムは、同じくパルスを前提としながら、アクセントがなく、拍子を構成しないもので、グレゴリオ聖歌やメシアンの「無拍子音楽」がこれにあたる。自由リズムは、そもそも均等な長さのパルスをもたないもので、日本の声明(しょうみょう)の唄(ばい)や民謡の追分節などがその好例である。
しかし分類の基準であるパルスや拍子は、つねに実際の音響現象に示されているわけではない。たとえば、西洋音楽で記譜される各小節の一拍目が一様に際だたされることはまずないといってよく、それらはずらされたり、ならされたりしている。ある音楽がパルスや拍子をもつかどうかは、これを演奏したり聴いたりする者の意識の内に、そのような枠組みが措定されているかどうか、という点にかかっている。つまり、それは現象の問題ではなく、意識の問題である。だが、実際の音響現象に対して一定の枠組みを対置するというこのような態度は、西洋(とくに古典派)の音楽の特質だったのであり、その意味でこの分類が、歴史や文化の制約の下にあるということは、十分意識されていなければならない。
[伊東信宏]
『G・W・クーパー、L・B・メイヤー著、徳丸吉彦訳『音楽のリズム構造』(1968・音楽之友社)』▽『L・クラーゲス著、杉浦実訳『リズムの本質』(1971・みすず書房)』▽『C・ザックス著、岸辺成雄訳『リズムとテンポ』(1979・音楽之友社)』
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…それは単なる聴覚上の形象にとどまるものではなく,むしろ思念の進行を形象化するものとして,詩歌の成立の根底に深く結びついていると考えられる。
[リズムと韻]
韻律は一般に,韻,すなわち同一もしくは類似の音声の響き合いと,律,すなわち単位となる音韻の時間上の配列の規則性とに分けられるが,前者が詩的技法として重視されているにもかかわらず,本質的重要性をもつのは実は後者,すなわちリズムである。韻もその配置に関してはリズムによって説明される点が多い。…
…催馬楽,朗詠で用いるときには〈一竹(いつちく)〉または〈一本(一管)吹き〉といって,単音旋律を奏する。〈弾きもの〉のうち箏(そう)と琵琶は管絃,催馬楽で使われ(《輪台(りんだい)》《青海波》を除く舞楽では用いない),アクセントの効いた独特の音型で旋律線のリズム感を強調する。後世の俗箏,平家琵琶などと区別するため,とくに楽箏,楽琵琶ということがある。…
…最も広義の旋律とは高低変化を伴う一連の音が横(線的・継時的)に連なったものを指し,複数の音を縦(同時的)に結合した和音,および和音の進行からなる和声と対照的な現象といえる。しかし,リズムを欠いた音の連続は抽象的な音列ないし音高線にすぎず,音楽としての旋律は音の高低とリズムの結合によってはじめて成立する。また,一般に旋律とは音楽的にあるまとまりを示す音の連なりを指し,断片的なパッセージや自立性の乏しい副次声部は旋律と呼ばないのが普通である。…
…人間の行動や表現にとって,リズムは本質的な構成原理であるが,間はそのリズムの変調現象の一種であり,特殊なかたちをとったリズムの現れ方だといえる。通常,リズムはさまざまな脈動,波動,周期運動のなかに見てとられるが,その本質は単なる機械的な拍節の反復ではない。…
※「リズム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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