ライプチヒ論争(読み)ライプチヒろんそう(その他表記)Leipziger Disputation

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ライプチヒ論争」の意味・わかりやすい解説

ライプチヒ論争
ライプチヒろんそう
Leipziger Disputation

ドイツのザクセン公ゲオルクの斡旋で,1519年6月 27日~7月 16日にライプチヒで,パリおよびエルフルト大学神学者を審判として行われた,カルルシュタットルター対 J.エックの神学論争。初めは恩恵と自由意志についてであったが,エックの追及によりルターは教皇も公会議も誤りを犯したこと,教皇首位権は誤りであること,ウィクリフフスの説にも真理があることなどを認め,ローマ教会からの断絶を明確にした。教皇側もこの論争に基づいてルターらの破門を準備した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む