ルイザ・ウルリーカ(その他表記)Louisa Ulrika

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ルイザ・ウルリーカ」の意味・わかりやすい解説

ルイザ・ウルリーカ
Louisa Ulrika

[生]1720. ベルリン
[没]1782. スバルトシュー
スウェーデン王アドルフ・フレデリックの妃。プロシアフリードリヒ・ウィルヘルム1世の第5女。フリードリヒ2世の妹。スウェーデン皇太子アドルフ・フレデリックと結婚 (1744) ,のちのグスタフ3世の母となった。夫の即位によって王妃となると,スウェーデン王権の強化をはかり,宮廷党を率いてハット党 (→キャップ党・ハット党 ) と対立。七年戦争において親フランスのハット党に抗して,兄フリードリヒのプロシア側につこうとしたが失敗 (57) 。のち講和に際してその役割を果した。学芸を愛し,C.リンネなど科学者を保護した。

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