ワイラウ乱闘(読み)ワイラウらんとう(その他表記)Wairau Affray

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ワイラウ乱闘」の意味・わかりやすい解説

ワイラウ乱闘
ワイラウらんとう
Wairau Affray

1843年ニュージーランドのマオリ族の一部と白人入植者とが衝突した事件。人種対立の発端となった。南島のワイラウ地区を買収したと主張するニュージーランド会社の測量技師が,その買収を認めないマオリ族に測量地からの立ちのきを余儀なくされたため,マオリ族の首長テ・ラウパラハとテ・ランギハエアタを逮捕しようと約 50人の入植者が現地に向い,同年6月 17日約 90人のマオリ族と対決した。マオリ側は問題を討議の場に移すことに同意したが,発砲が起り,テ・ランギハエアタの妻が射殺された。激怒したマオリ族は入植者に襲いかかり,隊長も含め 22人の入植者を殺害,4人のマオリ族が死亡。総督 R.フィツロイは調査の結果,マオリ側に理を認めたが,両者間の緊張は強まっていった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む