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アハブ Ahab; Achab

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アハブ
Ahab; Achab

[生]前874頃
[没]前853頃
旧約聖書によればイスラエル王国第7代の王でオムリ朝2代目の王。治世ユダ王国と結んで平穏。妻イゼベルがその故郷ツロ (テュロス) からバール祭儀を導入したが,反乱が起り,伝統的ヤハウェ信仰に取って代られた。

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世界大百科事典 第2版の解説

アハブ【Ahab】

古代イスラエルの王。在位,前871‐前852年。オムリ王朝の創始者であった父オムリの政策を継承し,首都サマリアの文化的充実とフェニキアとの婚姻,通商関係などを通してカナン文化を積極的に取り込んだので,ヤハウェ主義者の激しい批判を受けた。国力の増強の結果,アッシリアのシャルマナサル3世と対決したカルカルでの合戦(前853)では,アッシリア側の記録によれば,シリア・パレスティナ諸国家連合軍の兵力の半分をアハブが負担した。

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世界大百科事典内のアハブの言及

【イスラエル王国】より

…このため,アッシリア資料は,オムリ家が滅亡したのちも,北王国を〈フムリの家〉と呼ぶ。また,アッシリア資料によると,オムリの子アハブは,シリア・パレスティナ地方において,当時最大の兵車隊を持っていた。しかし,アハブの王妃であったフェニキア人イゼベルが,フェニキアの神バアルの礼拝を強制して,ヤハウェ一神教を弾圧したため,オムリ王朝に対する激しい抵抗運動が起こった。…

【エリヤ】より

…前9世紀の半ばに登場した古代イスラエル民族の預言者。オムリ王朝を築いたオムリは,サマリアを都とし,フェニキアと同盟し,その子アハブの王妃として,シドンから王妃イゼベルJezebelをめとらせた。イゼベルはフェニキアの主神バアルをイスラエルに導入し,ヤハウェ宗教を迫害した。…

【サマリア】より

…パレスティナ中央部の都市シケム(アラブ人はナーブルスと呼ぶ)の北西11km,高さ91mの丘(標高440m)の上にある。前9世紀初め,イスラエルのオムリ王が建設,さらにその息子のアハブ王が堅固な要塞都市に改造した。アハブはフェニキアの女イゼベルを王妃にしただけでなく,フェニキア文化の導入に積極的な態度を示した。…

※「アハブ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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