コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

アルサケス朝 アルサケスちょう Arsaces

3件 の用語解説(アルサケス朝の意味・用語解説を検索)

世界大百科事典 第2版の解説

アルサケスちょう【アルサケス朝 Arsaces】

パルティアの王朝。スキタイ系遊牧民パルノイの族長アルシャクArshakを祖とする。彼は前247年にイラン北東部のアサアクで即位し,前238年ころパルティアを征服して王国の基礎を築いた。彼の後継者は王の称号として代々アルシャクを名のった。アルサケスギリシアローマの文献にみえる呼名であり,中国では安息と記された。史料の不足のほかに,王権の動揺と対立王の出現が,アルサケス朝の継承関係や王の在位年代の確定をきわめて困難にしている。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アルサケス朝
アルサケスちょう

パルティア帝国」のページをご覧ください。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アルサケス朝
あるさけすちょう

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のアルサケス朝の言及

【安息】より

…パルティア王国に対する古代中国人の呼称で,この王朝が始祖アルサクArsakにちなんでアルサケス朝と呼ばれていたことに由来する。前2世紀末の張騫(ちようけん)によって中国に紹介されて以来,南北朝期までの漢籍にみられる。…

【イラン族】より

…イラン,アフガニスタン,中央アジアに分布するイラン系言語を話す諸族の総称。インド・ヨーロッパ語族に属する言語を使用する諸族の東方分派にアーリヤを自称する集団があり,その一部がイラン族の起源をなした。イランの名もアーリヤ(古代ペルシア語アリヤariya)に由来する。なお,他の一部はインドに入り,インド・アーリヤと呼ばれる。 イラン族は騎馬遊牧民として前1千年紀にイラン高原からタリム盆地にいたる地域に広がり,遊牧とならんで各地において定着農耕への移行を開始した。…

【パルティア】より

…西アジアの王国。アルサケス朝パルティアともいう(図)。中国ではアルシャクArshak(アルサケスArsaces)を音訳した〈安息〉の名で知られる。…

【パルティア美術】より

…パルティア美術とは,アルサケス朝(前247‐後226ころ)下の西アジアに栄えた美術をいうが,必ずしもパルティア人の手になるものではない。前期と後期に大別される。…

※「アルサケス朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

アルサケス朝の関連キーワードパルティア語パルチアパルティアパルティニシュパルティ6つのパルティータメンズパルティパルティア美術インド・パルティア族パルティア人

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone