安息(読み)アンソク

世界大百科事典 第2版の解説

あんそく【安息 Ān xī】

パルティア王国に対する古代中国人の呼称で,この王朝が始祖アルサクArsakにちなんでアルサケス朝と呼ばれていたことに由来する。前2世紀末の張騫(ちようけん)によって中国に紹介されて以来,南北朝期までの漢籍にみられる。なお《漢書》西域伝では安国の都を番兜城(ばんとうじよう)と伝えているが,この番兜こそがパルティアを示すと考えられている。パルティア【堀 直】

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精選版 日本国語大辞典の解説

あん‐そく【安息】

[1] 〘名〙
① (━する) 何の心配も苦痛もなく、安らかに休むこと。
※西国立志編(1870‐71)〈中村正直訳〉一一「姑く議論を止めて、安息を受くべしと言ひければ」 〔詩経‐小雅・小明〕
② 「あんそくこう(安息香)②」の略。
※権記‐長保二年(1000)九月二八日「此中沉、欝金、龍脳、安息、丁子、薫陸、昨夕自院所奉、且渡之」
[2] 西域の国名。ペルシア地方の王国パルティアをさす。漢代には、西はチグリス、ユーフラテス両河から、東はオクソス河にわたる地方に勢力を振るった。〔史記‐大宛伝〕

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世界大百科事典内の安息の言及

【アルサケス朝】より

…彼の後継者は王の称号として代々アルシャクを名のった。アルサケスはギリシア・ローマの文献にみえる呼名であり,中国では安息と記された。史料の不足のほかに,王権の動揺と対立王の出現が,アルサケス朝の継承関係や王の在位年代の確定をきわめて困難にしている。…

【パルティア】より

…アルサケス朝パルティアともいう(図)。中国ではアルシャクArshak(アルサケスArsaces)を音訳した〈安息〉の名で知られる。パルティアはイラン北東部の地方名で,アケメネス朝時代にはパルサワParthavaと呼ばれていた。…

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