アレン アイバーソン(英語表記)Allen Iverson

最新 世界スポーツ人名事典の解説

アレン アイバーソン
Allen Iverson
バスケットボール

バスケットボール選手
生年月日:1975年6月7日
国籍:米国
出身地:バージニア州ハンプトン
学歴:ジョージタウン大学中退
受賞歴:NBA新人王〔1997年〕;NBA・MVP〔2001年〕
経歴:高校時代はバスケット、フットボールで活躍し、両種目でチームを州のチャンピオンへと導いたが、乱闘事件で有罪の判決も受けた。バスケットの名門、ジョージタウン大学にスカウトされ、学生でありながら世界一のポイントガードとの評判も立ち、1996年2年生のシーズン終了後ドラフト1巡目全体1位指名でNBAの76ersに入団。’96〜97年シーズン、ルーキー最多の44得点をマークして新人王を獲得。“NBA最速”と評された瞬発力と類い希なテクニックを武器に抜群の得点能力を誇り、’98〜99年シーズン得点王、2000〜2001年シーズンは得点王、スチール王の2冠を達成、MVPに選出された。2001〜2002年シーズン、2004〜2005年シーズンにも得点王に輝く。2004年にはアテネ五輪に“ドリームチーム”の一員として出場して銅メダルを獲得した。2006年12月からナゲッツ、2008年11月からピストンズ、2009年9〜11月グリズリーズでプレー。この頃より成績は低迷し一度現役引退を決めたが、古巣の76ersと契約を結び復帰。最後はトルコリーグでプレーし、2013年現役を退いた。183センチ、82キロというNBAでは並外れて小柄な体格ながら、常に自分より20〜30センチ高い男たちに果敢に挑み得点を重ねる姿は、多くのファンを魅了。NBAを代表するスター選手の一人として一時代を築いた。オールスターに11回(うちMVP2回)、オールNBAファーストチームに3回選出。1995年ユニバーシアードで来日した。

出典 日外アソシエーツ「最新 世界スポーツ人名事典」最新 世界スポーツ人名事典について 情報

現代外国人名録2016の解説

アレン アイバーソン
Allen Iverson

職業・肩書
元バスケットボール選手

国籍
米国

生年月日
1975年6月7日

出身地
バージニア州ハンプトン

学歴
ジョージタウン大学中退

受賞
NBA新人王〔1997年〕,NBA・MVP〔2001年〕

経歴
高校時代はバスケット、フットボールで活躍し、両種目でチームを州のチャンピオンへと導いたが、乱闘事件で有罪の判決も受けた。バスケットの名門、ジョージタウン大学にスカウトされ、学生でありながら世界一のポイントガードとの評判も立ち、1996年2年生のシーズン終了後ドラフト1巡目全体1位指名でNBAの76ersに入団。’96〜97年シーズン、ルーキー最多の44得点をマークして新人王を獲得。“NBA最速”と評された瞬発力と類い希なテクニックを武器に抜群の得点能力を誇り、’98〜99年シーズン得点王、2000〜2001年シーズンは得点王、スチール王の2冠を達成、MVPに選出された。2001〜2002年シーズン、2004〜2005年シーズンにも得点王に輝く。2004年にはアテネ五輪に“ドリームチーム”の一員として出場して銅メダルを獲得した。2006年12月からナゲッツ、2008年11月からピストンズ、2009年9〜11月グリズリーズでプレー。この頃より成績は低迷し一度現役引退を決めたが、古巣の76ersと契約を結び復帰。最後はトルコリーグでプレーし、2013年現役を退いた。183センチ、82キロというNBAでは並外れて小柄な体格ながら、常に自分より20〜30センチ高い男たちに果敢に挑み得点を重ねる姿は、多くのファンを魅了。NBAを代表するスター選手の一人として一時代を築いた。オールスターに11度(うちMVP2回)、オールNBAファーストチームに3度選出。1995年ユニバーシアードで来日した。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

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