コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

イブヌル・ムカッファー Ibn al-Muqaffa`

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イブヌル・ムカッファー
Ibn al-Muqaffa`

[生]720頃.ファールス,ジュール(現フィルザーバード)
[没]756頃.バスラ
アラビア語文学者。本名`Abdallah。元来はペルシア人で拝火教徒だったが,父の代からイスラムに改宗。ムカッファーとは「手足のねじれた人」という意味で,彼の父の異名。ペルシア人としての高い教養を受けたが,アラビア語に通じ,中世ペルシア語 (パフラビー語) の諸文献を翻訳することにより,アラブ散文文学の先駆者として後世に大きな影響を及ぼした。最も有名なのはインドの寓話集『パンチャタントラ』をパフラビー語訳からアラビア語に重訳した『カリーラとディムナ』で,ほかにペルシアの『王書』『マズダクの書』などの訳のほか,自著として『アダブの書』 Kitāb al-ādābその他がある。宗教上の異端者ということで死刑になったが,その真因は史上の謎である。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イブヌル・ムカッファー
いぶぬるむかっふぁー
Abd allh ibn al-Muqaff
(722―757ころ)

イラン系のアラビア語著述家。ゾロアスター教徒だった父ダーザワイフは、イスラム教徒のための収税人をしていて、アラブ役人に痛めつけられ、「手の曲がった者」(ムカッファー)とよばれたので、息子ルーズビフはムカッファーの息子(イブン)とよばれるようになった。ルーズビフはのちイスラム教に改宗し、アブド・アッラーと名を変えた。彼は、ウマイヤ朝最後のカリフ(最高指導者)、マルワーン2世の書記で、最初のアラビア語散文を残したアブドゥル・ハミード・イブン・ヤフヤー(750没)を師としてアラビア語に習熟し、パフラビー語(中世ペルシア語)の諸作品からの翻訳を行った。もっとも有名なのが『カリーラとディムナ』で、ほかに『小アダブと大アダブ』(アダブは文学的教養をさす)が伝えられ、このほか、数種の翻訳ないし著作があったことが知られている。
 彼は、アッバース朝第2代カリフ、マンスールの治下に刑死したといわれている。それは、自己の作品をコーランに比したためとも、ゾロアスター教によってイスラム教を損なおうとしたからとも伝えられているが、政治的事件に巻き込まれたというのが真相らしい。[矢島文夫]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

イブヌル・ムカッファーの関連キーワードイフワーン・アッ・サファーフダーイ・ナーマシャー・ナーメイスラム文化アラビア文学ペルシア人拝火教

今日のキーワード

だまし面接

企業が面談や懇談会と称して就職活動中の学生を呼び出し、実質的には学生を選考する偽装面接のこと。2016年卒業の大学生に対する選考活動の開始時期を、従来の4月1日から8月1日以降へと後ろ倒しする主旨の「...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android