アダブ(読み)あだぶ(英語表記)adab

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アダブ」の意味・わかりやすい解説

アダブ
adab

文学全般またはその一ジャンルを意味するアラビア語。イスラム時代以前から「古来しきたり」「良俗」などを意味する言葉として一般に用いられていたが,イスラムが興ってからは「教養の高い」「都会風に洗練された」状態をさすようになった。8世紀後半以後のアッバース朝初期になると,遊牧社会の粗野さに対して都会風の上品さ,洗練されたものごしなどをさす言葉になり,その頃から,古くからのアラビアの名詩や伝説,戦争物語,古人名言などについて精通したうえ,イランやインド,ギリシアなどの学問にも暗くないという深い教養が尊重されるようになった。そして,そのような教養を背景に,人間の本質,情熱などを,楽しく,かつ世俗的に描き出そうとする文学の一ジャンル,アダブが始った。それは8世紀のイブヌル・ムカッファーらを先駆とし,9世紀のジャーヒズらによって大成された。その後,アダブはもっと狭い意味に用いられるようになり,ある特定の職業をもつ者に必要な教養をさすようになって,『書記たちのアダブ』『法官たちのアダブ』『宰相たちのアダブ』などの書が現れた。また,特に技巧的な詩や散文,逸話集などを「アダブの類」と呼んだ時代もあった。ハリーリーの『マカーマ集』がアダブの典型とされたなどはその例である。現代ではアダブ (複数形アーダーブ ādāb) は広く「文学」をさす言葉として用いられている。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「アダブ」の意味・わかりやすい解説

アダブ
あだぶ
adab

アラビア語で徳性や文学の意に用いられる。この語は歴史上さまざまな意味の変遷を経た。ジャーヒリーヤ時代には礼儀作法やよき徳性を表すのに用いられたが、ウマイヤ朝ではしだいに詩や散文など言語諸学へと意味領域が広がり始め、アッバース朝に入ると、よき人格を養うための知識とか諸学を基礎とする知識全般をさすようになった。

 9世紀以降になると、処世の知識、すなわち支配者ないしは支配者に仕える書記階級の教養となる知識をよぶようになり、哲学、論理学、天文学、化学、医学、歴史、詩歌などに関する広い知識をさすようになった。この時代に、イブヌル・ムカッファーによる『小アダブと大アダブ』や、イブン・クタイバによる『書記のアダブ』などの書物が著され、アラビア文学史上アダブ文学の名で知られる新しいジャンルが成立した。しかし、12世紀ごろになると、しだいにアダブは狭義の文学すなわち詩歌と散文、これに関係をもつ文法学、辞書学、韻律学、修辞学、文学評論などのみを示すようになった。現代では、文学のほか、文化、洗練されたマナー、美文などの意味にも用いられることがある。

池田 修]

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