インドネシア賠償交渉(読み)インドネシアばいしょうこうしょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

インドネシア賠償交渉
インドネシアばいしょうこうしょう

第2次世界大戦中の日本軍による損害の賠償をめぐる日本=インドネシア間の交渉。スカルノ大統領下のインドネシアは,中ソ両国を入れての全面講和と日本軍の占領によって生じた損害の賠償を求め,サンフランシスコにおける対日講和条約に関しては満足していなかったが,閣内不統一もあり,多数派が出席,署名した。インドネシアは 1951年 12月 22日,多数派の R.ジュアンダを長とする使節団を東京に派遣して賠償交渉を開始。翌年1月 18日,中間協定に仮署名した。日本,インドネシア2国間の平和条約締結の要求も起り,インドネシア政界の不安定もあって,正式署名と本格的な賠償協定も遅れていたが,岸首相の同国訪問を機に原則的了解が成立,58年1月 20日,日本側,藤山愛一郎外相,インドネシア側,スバンドリオ外相による日本=インドネシア平和条約および賠償協定,中間賠償協定を含めて9文書が署名された。中間協定は沈船の引揚げに関するものではあったが,中心の賠償協定は日本が2億 2380万ドル相当の生産物と役務を 12年間にわたってインドネシアに供与することになっていた。この支払いは 70年4月 14日完了した。しかし 66年以降も引続きインドネシア債権国会議を通じて日本は経済援助を行なっている。

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