出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
…18世紀,オランダの沈滞した政治と社会を改革しようとする〈民主派〉や〈愛国党〉の運動も見られたが成功せず,フランス革命の余波を受け,1795年フランス軍の侵入によってオランダ共和国は崩壊し,バタビア共和国(‐1806)が成立した。オランダ共和国八十年戦争
[ネーデルラント王国の成立]
1806年ナポレオンは弟ルイをオランダ国王に任命してバタビア共和国をオランダ王国Koninkrijk Hollandとし,さらに,10年にはフランスに合併した。13年ナポレオンがライプチヒで大敗するとオランダ人は駐留フランス軍を追放し,イギリス亡命中のウィレム6世を主権者として迎えた。…
…しかし,1804年ナポレオンがスヒンメルペンニンクRutger Jan Schimmelpenninck(1761‐1825)を国家首席に任命して独裁的権力を与え,事実上バタビア共和国は終わった。06年ナポレオンは弟ルイをオランダ国王に任命し,バタビア共和国はオランダ王国Koninkrijk Hollandとなったが,10年オランダ王国はフランスに合併された。【栗原 福也】。…
※「オランダ王国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
《モスクワに遠征したナポレオンが、冬の寒さと雪が原因で敗れたところから》冬の厳しい寒さをいう語。また、寒くて厳しい冬のこと。「冬将軍の訪れ」《季 冬》...
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