カーイム・マカーム制度(読み)カーイム・マカームせいど(英語表記)qā'im maqām

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カーイム・マカーム制度
カーイム・マカームせいど
qā'im maqām

1840~50年代のレバノンの政治制度。当時オスマン帝国の支配下にあったレバノンはドゥルーズ派のイスラム教徒マロン派キリスト教徒の対立が激しく,英仏の勢力争いもからんで政情は不安であった。 1842年の六国会議で,総督のもとに,両派のそれぞれのカーイム・マカーム (総督代理) をおいて両派を統治することにした。この体制は,結局 60年からの両派の武力衝突と,列強の干渉によって崩壊した。

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