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ガズニー ガズニーGhaznī

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ガズニー
Ghaznī

古くはガズナと呼ばれた。アフガニスタン東部,標高 2225mの高原に位置し,ガズニー川にのぞむ。同名州の州都。首都カブールの南南西 150km,カンダハールの北北東 360kmにあたり,両市とは幹線道路で結ばれる。国内でも主要な商工業都市で,周辺の灌漑農地の農産物を集散し,有名なコート用羊皮の多くはここで生産される。長い歴史をもつ古都で,11世紀初頭にはガズニー朝の首都であった。左岸の旧市街は城壁で囲まれ,アフガニスタンに現存する唯一の城塞都市で,高さ 46mの砦 (13世紀) がある。 1747年にアフガン領となり,第1次アフガン戦争中はイギリス軍に占領された。アフガニスタン紛争中は旧ソ連軍に占領されたが,1981年反政府ゲリラが奪還した。人口3万 5900 (1988推計) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ガズニー
がずにー
Ghazn

アフガニスタン東部、ガズニー州の州都。首都カブールの南南西125キロメートルに位置し、ガズニー川に臨む。人口約3万7900(2001推計)。カブール―カンダハール間の交通の要地で、農畜産物の取引が行われ、刺しゅう付きの毛皮コートが特産である。玄奘(げんじょう)の『大唐西域記(だいとうさいいきき)』に鶴悉那(かくしつな)として「伽藍(がらん)数百所、僧徒万余人」とある。10~12世紀には、ガズナ(ガズニー)朝の都として政治と文化の中心であった。スルタンのマフムード(在位998~1030)ら同朝諸王の墓廟(ぼびょう)と、2基の戦勝記念塔がある。[勝藤 猛]

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世界大百科事典内のガズニーの言及

【ガズナ】より

…アフガニスタン東部の都市。現在はガズニーGhaznīと呼ばれる。カーブルの南西150kmにあり,人口3万3000(1984)の小都市である。…

※「ガズニー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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