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グニェズノ Gniezno

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グニェズノ
Gniezno

ポーランド西部,ウィエルコポルスキェ県の商業都市。ドイツ語ではグナズン Gnesen。ポズナン東北東約 50km,多くの湖沼に囲まれた台地上にある。ポーランドの伝説的英雄レヒの発祥地とされ,10世紀から 14世紀のクラクフ遷都までピアスト朝の首都であった。 1000年にカトリックの大司教座が置かれ,ここで 1300年頃まで歴代国王の戴冠式が行なわれていた。その後はドイツ騎士団の侵入,スウェーデンとの戦争,17世紀のペスト流行などにより衰退。 1793~1918年にはプロシアの支配下にあった。近代以降はポズナン-トルン間の鉄道に沿う商業の中心地で,セメント,煉瓦,家具などの製造が行なわれ,皮革・食品加工,製材などの工場も立地する。ゴシック様式の大聖堂など,盛時を偲ばせる建築物,遺跡が多い。人口7万 29 (2002) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

グニェズノ【Gniezno】

ポーランド中西部,ポズナン県東部の歴史的都市。人口7万1100(1995)。バルタ川流域のビエルコポルスカ平野の一角を占める,古いスラブ系民族の活動の地で,8世紀以来スラブ人が勢力を伸ばし,10世紀初めポーランド王国の最初の首都となった。ドイツ騎士修道会の活動に押され,14世紀初めクラクフに遷都した。聖マリア大聖堂をはじめ10~15世紀の歴史的建造物も多い。縫製・食品工業が立地する。【山本 茂】

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世界大百科事典内のグニェズノの言及

【ポーランド美術】より

…すでに9世紀よりクラクフを中心として南部に,ロトンダ形式の教会堂(クラクフのバベルWawel城内の聖マリア教会など)が建てられ,モラビアよりのキリスト教伝道を示す。グニェズノを本拠とするミエシュコ1世が,966年キリスト教に改宗した後ポーランドを統一し,ドイツとの結びつきが強まると,しだいに建築も,ライン川流域やザクセンのドイツ・ロマネスクの様式に倣って,各地に建てられるようになった。たとえば,ウェンチッツァŁęczyca近郊トゥムTumの教会堂が,12世紀当初の姿をよく保っている。…

※「グニェズノ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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