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サルダニャ Saldanha, João Carlos de Saldanh a Oliveira e Daun, Duque de

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サルダニャ
Saldanha, João Carlos de Saldanh a Oliveira e Daun, Duque de

[生]1790.11.17. アジニャガ
[没]1876.11.21. ロンドン
ポルトガルの軍人,政治家。公爵。半島戦争において反イギリス陣営に属して戦い,捕虜となったが,釈放されてブラジルに渡る。 1823年帰国後,王位継承をめぐる内乱では自由主義派に所属し,マリア2世即位後成立した内閣に参与。 47~49,51~56年政権を担当し,19世紀後半の二大政党による政治的安定の確立に寄与した。

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世界大百科事典 第2版の解説

サルダニャ【João Carlos de Saldanha Oliveira e Daun,Duque de Saldanha】

1790‐1876
ポルトガルの軍人,政治家。ポンバル侯の孫としてリスボンに生まれる。19世紀前半ポルトガルの混乱期に軍人としてイギリスとの半島戦争,ブラジル植民地の戦争に従軍,1832‐34年の内乱では自由主義陣営の勝利に決定的な役割を果たした。35年から70年まで都合5次の内閣を率いたが,あるときは革新派,あるときは保守派にくみし,軍部蜂起によって政治に圧力をかける19世紀ポルトガルによくみられる日和見的軍人政治家の典型である。

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367日誕生日大事典の解説

サルダニャ

生年月日:1790年11月17日
ポルトガルの軍人,政治家
1876年没

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世界大百科事典内のサルダニャの言及

【ポルトガル】より

…ポルトガルはイギリスに対して自国の農産物の輸出と引換えに工業製品の輸入を認め,17世紀後半以来続いた対英従属を決定的なものとした。
[刷新]
 1851年サルダニャ内閣の成立で長期にわたる混乱に終止符が打たれ,憲章党は刷新党に,九月党も穏健化して進歩党と改名して,イギリス流の二大政党政治が19世紀後半全体を通じて続くことになる。〈刷新〉の旗印の下に〈物質面の改善〉を目ざした近代化が推進され,遅まきながらポルトガルにも産業革命の波が押し寄せ,鉄道の開設,道路網の整備など,公共事業が進められた。…

※「サルダニャ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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