ジャン・クロード デュバリエ(英語表記)Jean Claude Duvalier

20世紀西洋人名事典の解説

ジャン・クロード デュバリエ
Jean Claude Duvalier


1951.7.3 -
ハイチの政治家。
元・ハイチ終身大統領。
父は「パパ・ドック」と恐れられた終身大統領のフランソワ・デュバリエ。1971年父の死後、20才に満たない彼が、ラテン・アメリカ最年少の大統領の地位に就いた。’83年には父と同様に終身大統領を宣言し、腐敗政治を続けたため’86年2月食料暴動に端を発した国民運動が広がり、一家でパリへ亡命し独裁体制に終止符がうたれた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

現代外国人名録2012の解説

ジャン・クロード デュバリエ
ジャンクロード デュバリエ
Jean-Claude Duvalier


国籍
ハイチ

専門
政治家

肩書
ハイチ大統領

生年月日
1951/7/3

出生地
ハイチ ポルトープランス

学歴
ハイチ大学卒

経歴
1971年4月父フランソワ・デュバリエ大統領の死後、19歳で後継大統領に就任。以来、父とともに30年近くにわたって独裁政治を行った。’86年2月民衆暴動の中、フランスへ亡命。パリ近郊に在住。2011年1月25年ぶりに帰国した。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2012」(2012年刊)現代外国人名録2012について 情報