ジョルジョ アルマーニ

現代外国人名録2016の解説

ジョルジョ アルマーニ
Giorgio Armani

職業・肩書
ファッションデザイナー ジョルジョ・アルマーニ社会長・CEO,国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使

国籍
イタリア

生年月日
1934年7月11日

出生地
ピアチェンツァ

学歴
ミラノ大学医学部中退

受賞
ニーマン・マーカス賞〔1979年〕,オッキオ・ドーロ賞〔1984年,1986〜88年〕

経歴
イタリアの有力百貨店ラ・リナシェンテに入り、ウインドー・ディスプレイの仕事をしていたところをデザイナーにスカウトされる。1961年ニノ・チェルッティに転じ、8年間紳士服のアシスタントデザイナーとして働いた。’75年独立、ミラノにジョルジョ・アルマーニSpAを設立。紳士物のエッセンスを婦人服に採り入れ、“ジャケットの王様”“キング・オブ・ミラノ”といわれた。ジャケットとパンツの組み合わせが得意で、パンツ・ブームの先駆者となる。’81年エンポリオ・アルマーニ、アルマーニ・ジーンズを発表。のち、子供服、下着、アクセサリー、香水と様々な分野のものを手がける。また、’78年の米映画「サタデー・ナイト・フィーバー」や’80年の「アメリカン・ジゴロ」の衣装デザインを担当して話題となった。’96年ニューヨークのマディソン街に二つのデザイナーショップを開店。2000年男性向けブランドのジョルジョ・アルマーニ・レ・コレツィオーニと女性向けのマーニを統合し、アルマーニ・コレツィオーニを発表。エイズ、貧困など社会問題への関心も深く、2002年国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使に任命される。2005年「ジョルジョ・アルマーニ展」開催のため来日。2007年東京・銀座に“アルマーニ銀座タワー”を建設。“モード界の帝王”と呼ばれる。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

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