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ダーラー・シコー Dārā Shikōh

世界大百科事典 第2版の解説

ダーラー・シコー【Dārā Shikōh】

1615‐59
インド,ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンの長男。長じて,父よりパンジャーブの統治をまかされたが,彼自身はデリーの宮廷にとどまっていた。帝位継承者に指名されていたものの,父が1657年病気に倒れると,ほかの3人の弟たちとのあいだに帝位争いが起こった。58年および59年,三男のアウラングゼーブの軍に敗れ,ついにデリーで処刑された。彼は,宮廷随一の学者で,アクバル時代以来つづくイスラム神秘主義の流れをくみ,宗教的には折衷,融和主義の思想の持主であった。

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世界大百科事典内のダーラー・シコーの言及

【寛容】より

… マウリヤ朝のアショーカ王,クシャーナ朝のカニシカ王は仏教に帰依した帝王として有名だが,歴史的事実としては,仏教を含めたあらゆる宗教を保護したのであって,仏教のみを排他的に信奉したわけではない。またムガル朝第5代シャー・ジャハーン帝の王子ダーラー・シコーは,イスラム教徒の権力者でありながらヒンドゥーの聖典ウパニシャッドのペルシア語訳の事業を推進し,失敗したとはいえ両教を融合させた新宗教を興そうとしたことで有名である。 近代になって,強大な西洋文明を背景にキリスト教が押し寄せてきたとき,ヒンドゥー教もイスラム教もその影響を受け,ないしはそれに対抗して,〈ブラフマ・サマージ〉をはじめとする各種宗教団体の創設や〈アリーガル運動〉などの一連の宗教改革運動を展開したが,その一大潮流として〈純粋化〉の動きがあった。…

※「ダーラー・シコー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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