ネオデストゥール党(読み)ねおですとぅーるとう

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

チュニジアの民族運動を主導した政党。正式名称はチュニジア立憲自由党Hizb al-hurr al-dustur altunisiというが、略称をネオデストゥール党、つまり新立憲党(デストゥールはアラビア語で憲法の意味)とよぶ。チュニジアは1881年にフランスの保護領となったが、20世紀に入って民族運動がおこった。同党は第一次世界大戦後に結成され、フランス保護領下で政治改革、チュニジア人の政治的地位の向上を求める運動を展開した。運動目標をめぐる内部対立から、独立を主張するハビブ・ブルギバは旧執行部に対抗して1933年に党大会を開催し新執行部をつくった。党が分裂してしばらく新旧両党が併存したので、新党はネオデストゥール党とよばれた。ブルギバの率いる新党は民族運動の主導権を握り、フランス政界への働きかけ、大衆動員、ゲリラ戦術などの方法を駆使して、1956年にチュニジアの独立を達成した。翌年の王政廃止、共和制移行とともに同党の書記長ブルギバが大統領に選出された。1964年に党名を社会主義デストゥール党(PSD)と改称した。1974年にブルギバは終身大統領に就任、32年の間、独裁的指導者としてその地位にあったが、87年、当時首相だったベンアリにより、病気を理由に職務遂行が不可能になったとされ、解任された。その後、大統領にはベンアリが就任。1988年、党名を立憲民主連合(RCD)に改称、ベンアリは終身大統領制の廃止や複数政党制をとるなど民主化政策を進めた。[宮治一雄]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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