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病気 びょうき disease

翻訳|disease

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

病気
びょうき
disease

生物の正常な状態がそこなわれ,生命維持機能が阻害あるいは変化すること。病気のとらえ方は歴史や文化,社会によって異なるが,ここでは西洋医学に基づいて述べる。病気の原因はさまざまである。

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デジタル大辞泉の解説

びょう‐き〔ビヤウ‐〕【病気】

生体がその形態や生理・精神機能に障害を起こし、苦痛や不快感を伴い、健康な日常生活を営めない状態。医療の対象。疾病(しっぺい)。やまい。
悪い癖や行状。「いつもの―が出る」

やまい‐け〔やまひ‐〕【病気】

病気らしい気配。病気の気味。
「―の無い匂ひなり菊の花/千梅」〈俳諧新選〉

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世界大百科事典 第2版の解説

びょうき【病気】

身体の痛み,不快感,機能の低下や不調和などで日常生活が妨げられる,個人の肉体的異変や行動の異変をいい,そのような状態の不在を健康という。
【病気と健康】
 個人の肉体の機能や行動は自然的および社会的環境と密接に結びついているため,肉体や行動の異変についての解釈や,それへの対応は文化によって異なる。しかし,一般論としていえば,その解釈には自然的解釈と超自然的解釈の二つの様式があり,一方,異変への対応には,庇護と忌避の二つの理念と形態とがあって,それぞれ複雑な組合せをもっている。

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大辞林 第三版の解説

びょうき【病気】

肉体の生理的なはたらき,あるいは精神のはたらきに異常が起こり,不快や苦痛・悩みを感じ,通常の生活を営みにくくなる状態。やまい。疾病。 「 -になる」
(比喩的に)悪いくせをいう。 「例の-がはじまる」

やまいけ【病気】

病気の気味。病気らしい気配。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

病気
びょうき

医学では病気を「体の機能、構造、器官などの断絶、停止、障害」すなわち正常状態からの逸脱と定義することが多いが、「正常」という概念そのものが不確かである。突きつめていくと「異常でないこと」という語義反復の矛盾に陥ってしまう。自然科学的に病気を定義することはむずかしい。
 17世紀のイギリスの医師トマス・シデナムは、病気を動物や植物と同じく一つの実体であると考え、動物学や植物学のように病気を分類しようと試みた。しかしこの試みは失敗している。それ以後も同種の試みが幾度も繰り返されたが成功していない。それは病気が実体だという最初の仮定が間違いだったにすぎない。病気の本性について、アメリカの医学者エンゲルハートらは「病気という概念は病人が属す文化や社会のもっている価値や信条によって構成される」という考え方を提唱した。つまり、病気とは実体というより文化や社会による決め事という側面が大きくからんだ概念である。[中川 晶]

病気の概念

前段で述べたように、病気一般に妥当する定義をすることはむずかしい。なぜなら、病気とは、まず社会学的、行動学的な概念であるためである。ただ、このような概念の背後には、日常的な活動を妨げるものとして、それを取り除くことが望まれているものの存在が措定されている。
 その一つは自然的な実体である。それが存在することによって、日常的な責任が全面的あるいは部分的に免除されたり、道徳的な責任も追及されず、さらには治療をも含めた援助を受けることの正当性が社会的に承認される。つまり、自然的であるということは、病む本人の意志とは無関係であると考えられるため、責任のとりようがなく、また、そのために能力が低下したということであるから、周囲からの援助に加えて、専門的援助が必要とされるのである。こうした専門的援助の基本になるのは、多くの社会では医師である。医師は、こうした自然的な実体を、それぞれの時代において広く承認されている自然的事物の説明原理に沿って明らかにすることによって、実効のあるものにすることができる。具体的にいえば、医師は医学を根拠にして病気の存在を明らかにするわけであるが、普通、医師の思考過程や、その結果として明らかにされる病気は、いずれも直接みることができない場合が多いため、その判定も医師によってなされる。つまり、社会学的な手続として病気が措定されることとなる。
 もう一つは個人的な事情である。それが個人を苦しめ、運命にも大きな脅威となる災厄である以上、なぜそのような状態がもたらされたのかという個人的な事情を納得できなければ、それからの解放の手だてはつかめない。とくに近代以前の社会においては、個人的な事情の多くは、非行や不道徳に対する罪や呪(のろ)いや試練であったりする。これらの違いは、文化的背景や個人差によるが、共通していることは、それが回顧的に追求されるということである。そして、現在の症状や苦痛について自らが理解できたときに、それから解放される契機が得られるということである。
 一般に古いタイプの医学は、後者すなわち個人的な事情の理解と結び付き、新しいタイプの医学は、前者すなわち自然的な実体の把握と結び付いているが、精神的な病気では、自然的な実体の理解が困難であるため、個人的なものとして回顧的に扱われることが多い。[中川米造・中川 晶]

病気の概念の変遷

歴史的にみると、病気の理解のされ方はさまざまであるが、近代医学が成立するまでは、自然的な実体と個人的な事情とはほとんど同じ説明体系のなかにあり、病気の診療にあたる医療者も、ほぼその説明体系に従いながら技術を展開させた。
 古代エジプトでは、病気とは、悪霊の侵入や神々の争い、つまり、よい力と悪い力の戦いにおいてよい力が圧倒されることによっておこると考えられた。僧でもある医療者は、こうした病気に対する解釈を求めつつ、一方においてはそれぞれの症状の組合せから、予後を判定し、経験と祈祷(きとう)を兼ねた治療法を施した。また、メソポタミアでは、病気は、主として犯した非行に対する懲罰と考えられ、やはり経験と祈祷を兼ねた診断と治療法が講じられた。やがて、古代のインド、ギリシアおよび中国に宗教と分離した自然哲学が成立すると、病気はその原理に従って理解され、さらにその理解に基づいて診療が行われるようになった。インドでは、身体は粘素、風素、胆汁(たんじゅう)の三つの原素によって構成されるとし、ギリシアでは、たとえば血液、粘液、胆汁、黒(こく)胆汁の4種の体液によって身体の機能をとらえ、中国では、気と血、あるいはそれに水を加えて、それぞれの流通状態で身体機能を考えたり、自然の諸性質を陰陽に分類して、その変化を説明した。そして病気の症状は、それぞれの国において、これらの基本的要素とのかかわりで理解された。日本における病気の理解は、おおむね中国の影響を受けたということができる。このような理解は、ヨーロッパに近代医学が確立されるまで続いていく。
 近代医学においては、病気は身体内の実体として考える。したがって、症状はその実体の表現であるとされる。これに対して、近代以前の医学では、症状そのものが病気であり、有害環境、あるいは有害な原因に対する反応として病気をとらえるのが一般的である。[中川米造・中川 晶]

近代医学と病気

近代医学では、自覚的に感知される症状と、他覚的にとらえることのできる徴候または所見の組合せに基づいてまず病気を考え、それが動植物の種の記載のような体系的な分類に基づく特徴と再現性があるかどうかに注意が払われる。それが同定され、再現性が認められるときには、症候群という名称が与えられる。ついで、そのような症候群を呈する患者の病理解剖によって、それらの症候群の発生理由を身体内部に求め、同定できたとき、それが病気の実体ということになる。ところが、病気によっては、病理解剖を行っても、症候群に対応する変化を発見できないことがある。この場合は、機能の面での異常にとどまっていると解釈され、機能的疾患とよばれる(これに対して、前者は器質的疾患とよぶ)。器質的疾患においては、まず、肉眼的レベルでの異常が記載され、ついで顕微鏡による組織的レベル、細胞的レベルでの記載としだいに微視的な記載が進んでいく。最近では、分子レベルにまでその記載が及んでいる。このようにして病気の同定ができれば、原因が追求されることになるが、原因不明のままにとどまる場合もある。
 原因が判明すれば、症候群的認識、病理解剖的認識を加えて、病気の記載はいちおう完結したものとされる。しかし、病気における記載は、動植物における記載と比べた場合、著しくその性格を異にする。なぜなら、動植物の記載は、それぞれが自然に存在するものであるため、その種の位置についてはときに問題となることはあっても、いちおう体系的な分類は可能となる。しかし、近代医学における病気は、症状があってもその実体としての病理解剖的な裏づけが不可能となる機能的な疾患もあるし、また、たとえ器質的な疾患であるとしても、それと症候の関係は統計的なものであって、必然性を保証されていないからである。近代医学が始まって以来、多くの医学者が体系的な病気の分類を試みたが、成功していないのはこのためである。[中川米造・中川 晶]

病気の分類

前述のように、病気の体系的な分類は困難であるが、保健行政の運用を目的として、WHO(世界保健機関)では次のような19の分類を設け、さらにその下位に小分類を付している。
 (1)感染症および寄生虫症、(2)新生物、(3)血液および造血器の疾患ならびに免疫機構の障害、(4)内分泌・栄養および代謝疾患、(5)精神および行動の障害、(6)神経系の疾患、(7)眼(め)および付属器の疾患、(8)耳および乳様突起の疾患、(9)循環器系の疾患、(10)呼吸器系の疾患、(11)消化器系の疾患、(12)皮膚および皮下組織の疾患、(13)筋骨格系および結合組織の疾患、(14)尿路性器系の疾患、(15)妊娠・分娩(ぶんべん)および産褥(さんじょく)、(16)周産期に発生した病態、(17)先天奇形、変形および染色体異常、(18)症状・徴候および異常臨床所見・異常検査所見で他に分類されないもの、(19)損傷、中毒およびその他の外因の影響。
 この分類においても、いくつかの反問は可能である。たとえば、感染症とする場合には消化系の臓器と関連をもつわけであるし、新生物とする場合でも、その発生部位を考えれば、解剖学的な区分とかかわりをもつこととなる。また、妊娠や分娩を病気と考えることができるかという問題もある。しかし、現代における病気は、医療の対象となる状態であるとされていることを考えれば、この分類も、いちおうそれなりの意味をもっているといえる。[中川米造・中川 晶]

病気観の多様性

病気とは、身体や精神になんらかの異状があり、日常的な活動が困難であったり苦痛を伴うような状態をいう。しかし、病気であるかないかの区別は、ヒトという生物としての条件は同じであるにもかかわらず、社会や時代によって異なる。マラリアはかなり重大な病気であるが、よく知られている事例として、リベリアのマノ人やミシシッピ川上流渓谷地域では、マラリアを病気とはみなさなかった。その理由は「だれもがかかっているから」ということであった。日本でも最近まで百日咳(ひゃくにちぜき)や「おたふくかぜ」などは、幼児の発育上避けられない通過儀礼的試練の一つと考えられており、感染率の高い病気とはみなされなかった。このように、病気は、個人的な苦痛や不快とはかかわりなく、病理的意味での病気とは別に、社会的に規定されるものでもある。
 「未開社会」や伝統的社会では、病気が単に個人の心身上の不調や不快という範囲を超えて、その人を取り巻くさまざまな環境との関係がうまくいっていない状態の表現であると解釈されることが多い。つまり、病人と家族、親族や隣人との人間関係、病人と神や祖霊との関係、さらには病人と、風、水、空気、大地、星などの「宇宙」との関係が正常に保たれていないため、その不調和が病気になって現れているという疾病観が広く存在する。また、宗教的には、病気は穢(けが)れた状態であると考えられることが多く、その穢(けがれ)を祓(はら)うための儀礼が治療行為となることもある。したがって、このような疾病観をもつ社会で行われる治療行為は呪術(じゅじゅつ)的であり、それは科学的医学の知識に欠けているというより、むしろ、その病因論の基盤にある世界観の特異性によるものである。
 「未開社会」の人々は、一般に信じられているよりはるかに客観的で豊富な治療手段をもっていることが明らかになりつつある。呪術的治療行為に惑わされて、これまでは彼らの行う投薬やマッサージなどの医療的行為が見逃されてきた。呪医(じゅい)は、宗教的指導者であると同時に自然環境の優れた観察者でもある。科学的医学の進んだ産業化社会でも、病気か病気でないのかの区別は保健医療制度などの社会的・経済的条件によって左右されることもある。たとえば、癌(がん)などの特定の病気が、他の重大な病気に比べて社会的により大きな意味を与えられることもある。それは、かつての結核がいわば社会的病気とみなされたことと同じ現象である。このように、いつの時代にもどの社会でも、人間の生と死、幸と不幸と直接かかわる病気は、純粋に客観的にとらえられることはない。[波平恵美子]
『中川米造著『医学をみる眼』(1970・日本放送出版協会) ▽豊倉康夫・塚田裕三・渡辺格編『病気とは何か』(1976・講談社) ▽S・F・スピッカー、H・T・エンゲルハート編、石渡隆司他編訳『医療哲学叢書 新しい医療観を求めて』(1992・時空出版) ▽波平恵美子著『医療人類学』(1994・朝日新聞社) ▽H・S・フリードマン編著、手嶋秀毅・宮田正和監訳『性格と病気』(1997・創元社) ▽日野原重明監修、医療秘書教育全国協議会編『医療概論』改訂版(2002・建帛社) ▽後藤由夫著『医学概論』(2004・文光堂) ▽上田敏編『一般医学』3訂版(2007・ミネルヴァ書房) ▽池田光穂・奥野克巳編『医療人類学のレッスン――病いをめぐる文化を探る』(2007・学陽書房) ▽フランク・ゴンザレス・クルッシ著、堤理華訳『医学が歩んだ道』(2008・ランダムハウス講談社) ▽H・E・シゲリスト著、松藤元訳『文明と病気』上下(岩波新書)』

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世界大百科事典内の病気の言及

【呪医】より

…呪術的方法を主とする病気治療者のこと。一般的に言えば,呪術的方法とは,因果関係についての一定の原理を前提として,神霊などの人格的な力や非人格的な神秘的力を直接に統御し操作しようとする行為である。…

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