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ハインリヒ[2世] ハインリヒ

百科事典マイペディアの解説

ハインリヒ[2世]【ハインリヒ】

ザクセン朝最後のドイツ国王(在位1002年―1024年),神聖ローマ皇帝(在位1014年―1024年)。篤信,聡明な現実政治家で聖者王と称される。ハインリヒ1世の曾孫。

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世界大百科事典 第2版の解説

ハインリヒ[2世]【Heinrich II】

973‐1024
ザクセン朝最後のドイツ国王(在位1002‐24),神聖ローマ皇帝(在位1014‐24)。バイエルン大公ハインリヒの息子。オットー3世が子供を残さず早世した後,傍系から入って王位を継いだ。前任者オットー3世のイタリア重視政策に対し,ドイツ国内の体制固めに努め,とくにポーランド王ボレスワフ1世と争って,その進出を押さえ,ザクセン朝伝統の帝国教会政策を踏襲,バンベルク司教区を新設したほか,ゴルツェ修道院の主導する教会改革を支持した。

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世界大百科事典内のハインリヒ[2世]の言及

【ゴスラー】より

…史料初出は922年,10世紀後半以来銀鉱採掘に伴う鉱山村落として発足。皇帝ハインリヒ2世は,その経済的重要性に着目してこの地に宮廷を移し,同3世が王宮を造営。13世紀にはザクセン都市同盟,ハンザ同盟の構成員として飛躍的発展をとげ,1290‐1340年の間に帝国都市の地位を獲得。…

【リーグニツの戦】より

…1241年4月9日,シュレジエン南西のリーグニツLiegnitz(現,ポーランド領レグニツァ)の南東ワールシュタットWahlstattで,バイダルの指揮するバトゥ麾下(きか)のモンゴル軍団がシュレジエン公ハインリヒ2世のドイツ・ポーランド軍を破った戦い。ワールシュタットの戦ともいう。…

※「ハインリヒ[2世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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