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バンボッチアンティ Bamboccianti

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世界大百科事典 第2版の解説

バンボッチアンティ【Bamboccianti】

17世紀前半にローマで活躍した,おもに北方出身の風俗画家たちの総称。その代表者のオランダの画家ファン・ラールPieter van Laer(1599ころ‐1642ころ)がその身体障害のためにイタリアでバンボッチョBamboccio(〈滑稽な人形〉の意)と呼ばれたことに基づく。1625年ころローマに渡ったファン・ラールはカラバッジョの影響を消化しつつ,ローマ市街や近郊の田園における庶民の日常生活を主題とした風俗画・風景画の境界領域に属す独特な一分野,〈バンボッチャーテBambocciate〉を開拓して〈ベントフォーヘルBentvogel〉(オランダ語で〈鳥の群れ〉の意)と呼ばれる,同市に留学中の北方画家の共同体の主導的存在となり,ミールJ.Miel,リンゲルバハJ.Lingelbach,スウェールツM.Sweerts,チェルクオッツィM.Cerquozziなど多くの追随者を生んだ。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のバンボッチアンティの言及

【バロック美術】より

…他方,ミラノで修業したロンバルディア出身のカラバッジョも,1590年ころローマにあって,リアリズムと明暗様式を特色とする宗教画によって大成功をおさめ,この両者の勢力がツッカロらの後期マニエリスムを圧倒し,新時代を画した。カラバッジョの流派からは,ジェンティレスキ,サラチェーニCarlo Saraceni(1579‐1620),マンフレディBartolomeo Manfredi(1587ころ‐1620か21),ボルジャンニOrazio Borgianni(1578ころ‐1616)など,迫力ある明暗様式の画家が輩出したほか,17世紀初頭にローマにあったオランダのテルブリュッヘン,ファン・ホントルスト,ファン・バブーレンDirck van Baburen(1595ころ‐1624),ドイツのエルスハイマー,フランスのバランタン・ド・ブーローニュ,ブーエ(彼はボローニャ派との折衷派であった),いわゆる〈バンボッチアンティ〉と呼ばれた北方出身の風俗画派のリーダーでオランダ人のファン・ラールPieter van Laer(1599ころ‐1642ころ)などは,みなカラバッジョ主義者となり,各々自国にこの様式を伝え,17世紀ヨーロッパ芸術の土台をつくった。 ローマ・カトリック教会が安定期を迎えるに及んで,教皇ウルバヌス8世(在位1623‐44)の信任をうけた巨匠ベルニーニの登場とともに盛期バロック期に入る。…

※「バンボッチアンティ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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