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パシオ Pasio, Francesco

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

パシオ Pasio, Francesco

1552-1612 イタリアの宣教師。
イエズス会士。天正(てんしょう)11年(1583)来日。堺,平戸,豊後(ぶんご)(大分県)をへて,長崎で布教。慶長5年(1600)準管区長となり,12年徳川家康,将軍徳川秀忠を表敬訪問した。1612年巡察使としてマカオへわたり,同年8月30日死去。60歳。ボローニャ出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

パシオ

没年:1612.8.30(1612.8.30)
生年:1554頃
日本イエズス会準管区長。イタリアのボローニャ出身。1572年イエズス会に入り,インド布教を志してリスボンで司祭になる。1578年インドに渡航,天正11年6月(1583.7)来日。3年後に堺の住院長に就任。その翌年豊後(大分県)に転任,文禄1(1592)年に長崎のトードス・オス・サントスの修院にあって準管区長ゴメスの秘書を務め,巡察使ヴァリニァーノのプロクラドール(会計)となる。文禄5年日本(府内)司教マルティンスの上京に同行して豊臣秀吉に謁す。慶長5(1600)年ゴメスの死後,3代目準管区長に就く。同9年博多に赴いて黒田孝高(如水)の葬儀を執行し,帰途に小倉で細川ガラシアの法要を行う。同12年駿府に徳川家康,江戸に将軍秀忠を訪問し,大坂で豊臣秀頼に会う。同16年日本,中国の巡察使となり,翌年2月視察のためマカオに渡り同地で没した。彼の統治期にはポルトガル商船の長崎沖焼沈などで財政が悪化,スペイン系托鉢修道士の日本布教参加,長崎奉行・代官や貿易を仲介した福島正則や細川忠興らとの関係悪化などの問題で苦しむ。日本人に対しイエズス会の名誉を損ね,同会パードレ(司祭)に対する悪感情を植えつけたと同僚から批判される。マカオ渡航に際し,同会員に対してヴァリニァーノの服務規程を改訂し残した。<参考文献>五野井隆史『徳川初期キリシタン史研究補訂版』

(五野井隆史)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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