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パシッチ Pašić, Nikola

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

パシッチ
Pašić, Nikola

[生]1845.12.31. ザエチャル
[没]1926.12.10. ベオグラード
セルビア,ユーゴスラビアの政治家。 1876~78年対オスマン帝国戦争に従軍したのち,78年セルビア国会に入り,82年急進党を組織,党首となる。しばしば国王ミランと対立 (陰謀の罪に問われ,1883~89年と 99~1903年国外亡命) ,対ロシア接近政策による大セルビアの建設を夢みた。南スラブ人の統一国家形成にあっては,セルビア中心の集権的体制づくりに大きな役割を果し,パリ講和会議に全権として出席して新国家を承認させた。セルビア時代から通算 22年首相 (1891~92,1905,06~08,09~11,12~18,21~26) ,外相 17年を歴任し,「バルカンの古狐」の異名を取った。

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世界大百科事典 第2版の解説

パシッチ【Nikola Pašiĉ】

1845‐1926
セルビアおよびユーゴスラビアの政治家。青年時代チューリヒに留学し,そこでセルビア初の社会主義者マルコビッチを知り,彼の影響をうけた。帰国後,夭折したマルコビッチの遺志を継いで政治運動を展開。1882年,セルビア急進党が創設されるとその党首となるが,翌年党の扇動したティモク地方の農民反乱が失敗し,国外に亡命した。89年に大セルビア主義者として帰国し,セルビアの議会主義が確立した翌年の1904年から,南スラブ族の統一国家(セルビア人,クロアチア人,スロベニア人王国)が形成される18年まで首相兼外相。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

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