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フォールコン Phaulkon, Constantine

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フォールコン
Phaulkon, Constantine

[生]1647. ギリシアケファリニア島
[没]1688.6.5. アユタヤ
タイのアユタヤ朝の宮廷事件に関係したギリシア系イギリス人。1675年イギリス東インド会社雇員としてタイ南部で貿易を始め,プラ・ナーラーイ王の信頼を得てタイ王室貿易の実権を握り,事実上大蔵大臣を務めた。国王をカトリックに改宗させようと努めたが,果たせなかった。また自分が所属していたイギリス東インド会社を以前から嫌っており,1687年イギリスと対決し,フランス東インド会社(1664特許状交付)による王室貿易の進展をはかった。さらにアユタヤフランスの使節の交換,フランス兵の駐屯に尽力したが,プラ・ナーラーイ王没後の後継者争いに介入したため,排外派タイ貴族の手により処刑された。妻は日本人で,男子 1人をもうけた。

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世界大百科事典 第2版の解説

フォールコン【Constant Phaulkon】

1650ころ‐88
タイのアユタヤ朝のナライ王の宮廷に入り,高官として活躍したギリシア人。1669年ころイギリス東インド会社船の給仕となり,タイに渡った。79年,語学の才を認められ通訳としてプラ・クラン(大蔵卿)に仕え,ルアン・ウィチャイジェンの欽賜名を得た。その精力的な仕事ぶりによって王の信任を獲得,数年にして最高位のチャオプラヤーの位に昇り対外貿易を掌握するにいたったが,タイ人の反発を恐れプラ・クランへの正式任命は固辞したという。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

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