プヨ邑(読み)プヨ(その他表記)Puyǒ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「プヨ邑」の意味・わかりやすい解説

プヨ(扶余)〔邑〕
プヨ
Puyǒ

大韓民国(韓国)中央西部,チュンチョンナム(忠清南)道南西部,クム(錦)江左岸にある町。プヨ郡の郡庁所在地。百済時代は泗沘と呼ばれ,538年から 660年の滅亡まで国都であった。扶余遺跡と総称される王宮跡,寺院跡,王陵群(→陵山里古墳群)などのほか,落城に際して多数の宮女が身を投げたと伝えられる落花岩など,百済の興亡にまつわる旧跡がある。国立博物館の扶余分館が遺物を展示している。郡内ではチョウセンニンジン,スイカ,マクワウリの栽培が盛ん。人口 3万1269(1980)。

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